「……テッド」
「変な顔すんな気色悪い。ほら、立てよ」


テッドに促されて僕は立ち上がった。その間にテッドがガストンのポケットを探って鍵を見つけだし、檻の鍵を開ける。

「あの、テッド、どうして」
「…………恩を売りに来たわけじゃねーからな」
「………………僕を、殺しに来たの?」
「ああ、それもある。だけどその前にこの村滅ぼすぞ」
「えっ」
「……ヨーランダが村を出て行ったから、一人でいると怪しまれると思って他の連中と一緒に今日喰ったあの女の家に居たんだよ」





[Re:今宵、あなたと血の宴を]





一人ならば、それはそれで構わない。
今日の夕食でも物色しようと、人の居そうな家に行った。

『あれ、テッドさん。ヨーランダと一緒にいたんじゃ?』
『ん?もっと大勢で固まっていたほうが安全だから移動しようって話になって……先にこっちに来てる筈だが。来てないのか』
『ううん、来てないわ』
『あー、墓寄ってから来るのかもな。あいつ仕事熱心だし』
『そうよね。こんな日くらい、自分の身の安全最優先でいいのに……』

皆口では心配しつつも、誰も探しに出ようとはしない。
まだ昼間だから人狼と遭遇する可能性は無いというのに。
人狼容疑の掛けられたベネットは捕えられてるというのに。


『…………』

『ねえ、テッドはベネットと一緒に暮らしてたんでしょ?襲われたりしなかった?』
『っ!? ……あー、いや、襲われてたら俺もう死んでるんじゃないの……』
『それもそうだな。よかったな無事で』
『そうね。テッドさんが無事で本当によかったわ』
『…………』
『しかしまさかベネットが人狼だなんてな。ソフィアも可哀想に。ずっと騙されていたんだろう』
『本当よね、あんな人の良さそうな顔をして実のところはずっと私たちを食べる計画を練ってたんだわ、そうに違いないわ!』
『…………てめーらに何がわかるんだよ』


小さく呟くと、眼鏡越しに首を傾げてくる金髪の女。
いつだか手作りのアップルパイを押し付けてきた女。
何もかも知ったような顔をして場のリーダーぶる男。

この三人はこの村の一部であり、全部の代弁者だ。

『誰も庇わねぇのな、ベネットのこと。あいつそんなに信用されてなかったのか、面白ぇな?』
『テ、テッドさん?』
『……そりゃ、大事な村の一員だと思ってたわよ。信用もしてたわ』
『だが人狼だと占いで明らかになった以上、殺すしかないだろう』
『あいつが誰も食ってない、昨日の夜は俺とずっと一緒に居た――と言ってもか?』

三人が顔を見合わせた。
困ったような表情をしながら、何を言っているのだろうこいつは、と全員の目が語っていた。

『……でも、それでソフィアを殺した疑いが晴れるわけではないですし……』
『そ、そうよ!それに、人狼ならどちらにせよ一緒にはいられないわ!』
『ああ、いつまた村人を襲わないともわからないからな』

ああ、こんなものだ。
人間なんて本当にくだらないイキモノだ。

――人狼のほうが仲間思いだなんて、とても滑稽だ。


『テッドさんがベネットに恩を感じていて庇いたくなる気持ちもわかりますけど……』
『どうしようもないのよ、人間と人狼は一緒には暮らせないのよ。見つけたら殺す。本の上では、それができない村がいつも滅んでいっていたわ』
『辛いだろうがわかってくれ、テッド。……人狼というのは表向きは優しい顔をしながら、裏では何を考えているかわからないものなんだ。人とは違う、化け物なんだよ』




『――あぁ、そうかもしれねぇなぁ』


……馬鹿みたいだ。
静かに暮らしたいと旅人の屍肉しか漁ってこなかったヨーランダが。
お気に入りの女が勝手に食われても、結局最後まで俺を殺さなかったベネットが。

日常を壊されても、それでも俺とベネットを気遣ってくれたヨーランダが。
村人全員の前で人狼だと告発されても、ソフィアを、アイリスを殺したのは俺だと明かすこともなく罪を背負ったベネットが。


どうしようもなく馬鹿で、滑稽で。


おかしくて笑ってしまった。
お前らが愛した村の人間は所詮こんなものだ。
どれだけ長い時間をかけて信用を積み重ねようと、人狼だからという一点だけで弁明も許されず殺される。
そしてそれを悼むこともなく、またこれで村に平和が戻ってくると思っている。

笑わせる。

そんな平和、俺がぶっ壊してやる。


お前らにとって、俺達が理解不能なバケモノならば。
お望み通り、そう振舞ってやろうじゃないか。




『ど、どうしたの……』
『わ、わたし何か変なこと言いましたか……?』

アップルパイ女の手が伸ばされる。鬱陶しくて跳ね除けた。
想像もしていなかったのだろう、軽く床に転がった女に跨りそのまま喉笛を噛み千切った。金髪がひっ、と悲鳴を詰まらせるのが見えて、今度はそちらを黙らせた。

最後に残った男は、何か言いたいことがありそうだったので足の腱を裂いてから背中を踏みつけて、遺言を聞いてやった。
――だがそれも聞くに足らない、つまらない話だったので1分もしないうちに飽きて潰した。




テッドはアイリスの家で何が起きたのか僕に教えてくれなかった。
ただ鼻で笑ってこう言った。

「人間ってお前よりもろくでもない生き物なんだな。だから先に殺した」
「テッ、」
「――手錠外すから動くな。あと一つ聞きたいことがある」
「……何?」

ガチャガチャと金具の音がして、数時間ぶりに手が自由になる。
さほど抵抗したつもりはなかったけれど、手首は真っ赤になっていた。




「なんであの時、俺を告発しなかった?」



テッドからの質問は、僕にとっては難しくないものだ。

「……だって、テッドが殺されたら僕が寂しいもの」


ソフィアがいなくなって、テッドまでいなくなったら僕はまたひとりぼっちだ。
庇ったと言ってもよかったかもしれない。でも、僕に庇われてテッドがいい顔をするとは思えなかった。だからこれはあくまで、僕の都合。


「てめぇが死ぬのにか」
「悪くないよ。見送る側だった僕が見送られる側になるのも」
「村人全員から無実の罪で憎まれたまま死んでもか」
「今回の件に関しては確かに僕は無実だけど、あの日ソフィアを食べるつもりだったのは本当だし、僕が人狼であることも本当だから」


自分達に害悪を成す可能性のある人狼は処刑する。単純な話だ。
乱暴な話ではあるけれど、人間のその行動を非難するつもりはない。


「……知ってたがてめぇは本気で馬鹿だな」
「あはは」
「…………むかつく」
「うん、知ってる」
「絶対殺す」
「はいはい」
「だから、今ここで殺されたくなければ俺に協力しろ。この村の全部を滅ぼして、お前を殺して、俺は独りに戻る。お前のせいでここ数ヶ月調子が狂いっぱなしだったんだ、お前なんて嫌いだ、大っ嫌いだ!」


『私はお前が嫌いだよ、私はお前に出会ってからずっと胸が苦しくて、頭がぼうっとして、思考にキレが無くなってしまった。……私はお前と離れるべきなのだ、私のこの判断に間違いはないはずだ!』

――例の小説の一節に似た言葉。
意識して言ったとは思っていないけれど……それがおかしくて、くすっと笑った。
そうしたら、テッドに睨まれたので素直に両手を挙げる。


「わかりました、降参」
「あん?」
「協力するよ。どっちにしろ僕もこの村にはもういられないからね……」


久しく狩りらしい狩りをしていないが大丈夫だろうか、いや、大丈夫だ。
今宵は満月。僕ら人狼にとって、願ってもない最高の夜なんだから。



「今この村にいるのは何人だ?」
「んっと、テッドはここに来る前に3人殺してきたんだよね?だったら僕ら2人を抜いて99人かな。本当はもっといるんだけど、この時期は出稼ぎで都会に出ている人も多いからね、ジェレミーとか」
「へぇ、そいつが帰ってきたらこの村は地図から消えてるわけか。面白ぇ」


無人の教会で段取りを確認する。
僕もテッドも囁きが使えない狼だ。離れてしまうと互いの状況がわからなくなるから、念入りに。


「――外を野郎が5人、2人と3人に別れて見回りで歩いてる。3人のほうは棒切れしか持ってねぇけど、2人のほうは片方が猟銃を持ってる。それから、村の出口と森に繋がってる道にそれぞれ2人ずつ見張り。こっちも武器は棒切れ」
「ちゃんと見てきただなんて立派。じゃあまずは見回りを倒そう。銃が厄介だな。銃は誰が持ってるかわかる?」
「長い黒髪の男。蝙蝠みたいな」
「……ズリエルかあ。彼、耳いいから奇襲も上手くやらないとね」


まずは見張り役を買って出ている屈強な連中を協力して倒す。
残っているのは大半が武器を持たない女子供なので、1軒ずつ襲撃して殺すという形になった。


日が沈み、夜になる。
――さあ、血の宴を始めよう。









見回りに歩いていたズリエルとラルフは、村長の家の近くでふと立ち止まった。

「……村長たちの話し合い、長ぇな」
「そうだな。暗くなってきたし、そろそろ明かりを用意したほうが……っぐぁ!?」
「ラルフ!!」

二人が明かりを気にしている一瞬の隙に、背後からベネットがラルフを人質に取るような形で首を押さえ込み、ナイフをラルフの首に突きつける。
ズリエルは舌打ちした。あれだけ密着されては、ラルフを傷つけずにベネットを撃つことができない。


「おっと。動いちゃだめだよ?動いたら、このままラルフの首を掻っ捌く」
「くそっ、ベネットめ……やっぱり人狼だったのか!」
「俺はいいから撃て!!こいつを逃がしたら、他の村人が……っ!? 後ろ!!」


ラルフの指示も間に合わない。
背後からテッドがズリエルを奇襲すると同時、ベネットがラルフの息の根を止めた。


「まずは二人、か」
「ん、出だしとしてはいい感じ。ああ、テッド。銃使える?」
「無理に決まってんだろ」
「じゃ、壊しておくね」


バキッ、と、人間ではあり得ない力を以って猟銃がまるでパスタか何かのように簡単に折られる。それを無造作に放るベネットの姿に、テッドは密かに唾を呑んだ。
自分よりも強いというのは解り切っていたことだが、ベネットの力を改めて目の当たりにして僅かに畏怖を覚えた。
これだけの力を持ちながら、敢えてあっさりと人間に捕まり処刑待ちとなっていた理由を……想像するだけして、舌打ちした。いらいらする。



次は三人の見回りと、二人ずつの見張り。
武器がただの棒だった彼らを倒すのは造作もなかった。

「いってぇ」
「大丈夫?」
「掠り傷だ。行くぞ。先に村長の家を潰す」



村長の家にはアルフレッドを始め、ティモシー、ウォーレン、ナタリア、ロミオといった村に長く住む人間と、ユリシーズ、ウェーズリーなど襲われた彼女達の遺族が集まっていた。
裏口から侵入し、話し合いが行われていた応接間に飛び込んで、見えた人間から順に殺していく。致命傷を与えれば十分だというように、次から次へと。
数は多かったが年老いて動きの鈍った彼らを仕留めるのはさほど難しくなかった。

「……これで、全部か?」
「――っ、しまった!テッド、あれ!」

ベネットが指差した先には、二人が入ってきた裏口から出ていく少女の影。アルフレッドの孫娘、ハナだった。
恐らく話し合いの席からは外れるように言われていたのだろう。別の部屋で大人しくしていた少女の存在に、テッドもベネットも気づかなかった。


「みんなーっ!逃げてーっ!! 人狼がっ、人狼が……っぎゃあ!?」



慌ててテッドが追いかけて殺すが、近くの家の人間がその叫びに気づいて窓から外を見ていた。

「――ちっ」

硝子越しに何人もの村人の視線が突き刺さる。
後から追いかけてきたベネットも溜息をついた。

「やれやれ。これは、厳しそうだね。どうする?」
「手を分けるぞ。後は有象無象だ。できる限り逃がすんじゃねえぞ」
「……はいはい。――僕を殺す前に死んじゃだめだよ?テッド」
「てめぇこそ俺が殺す前に死ぬんじゃねぇぞ、ベネット」




――そして響き渡る、悲鳴と銃声。



鍵を掛けて閉じこもれば安全だと判断したケイトの家は窓を割られて侵入され全滅。
武器を持って応戦しようとしたヒューの家は一度は反撃に成功するものの返り討ちに。
教会近くの自宅で女子供を匿っていたチャールズとツェツィーリヤは自分達の命と引き換えに子供たちの命乞いをしたが届かず。
屋根裏部屋に隠れていたジョージとゾーイも見つかって首を刈られ。
それを見ていた他の村人はとにかく逃げることを選択したために人狼には狩られなかったが、野犬の彷徨う夜の森を抜けられたのは、ほんの一握りの幸運な者だけだっただろう。



100人近くが暮らしていた村は、たった2人の人狼によって一晩で滅んだ。

太腿から血を流しながら村の中央に戻ってきたテッドを、疲れた笑顔のベネットが迎える。


「――そっちも終わったんだな」
「うん、粗方。はは、どうしたのテッド。その足。このあいだの僕と同じところ怪我してる」
「撃たれただけだ。貫通はしてねぇが、銀弾だったみてぇだな。塞がんねえ。……てめぇこそ、その肩どうした。ざっくりじゃねえか」
「ああ、これ? ……ミッシェルにやられた。装身具の類も侮っちゃだめだね」


いつものように笑うベネットに、終わったという安堵感を覚える。
緊張が切れて一気に疲労が押し寄せ、テッドは倒れた。
慌てて支えようとしたベネットも支えきれず、結局二人抱き合ったまま座りこむ形になった。


「……テッド、こんなに近くにいるのに僕を殺さないんだね?」
「てめぇこそ、俺を食べないのか……」



ベネットは可笑しそうに笑う。
目を閉じてから、まるで何かの宣言のように朗々と言葉を紡ぐ。


「――ようやく私は気づいたのだ、私を苦しめ、私を癒し、私を奮わせ、私を悲しませるそれの正体に」
「……は?」
「約束、…………果たしてからでも遅くないよね」


それが、ベネットが口にした言葉があの小説の一文だと気づく。
話はこれまで途切れ途切れには聞いていたが、そこに至るまでの展開はどんな感じだったか。正直に言ってしまうと、うろ覚えだった。

だけど――今は聞こうと思った。……殺すのも、殺されるのも、それからでも遅くは無い。
第一、直ぐに相手を殺しにいける体力は、お互い残っていなかった。


「そして、君も気づいているはずだ。私の望みを。――さあ、言っておくれ。その愛らしい唇で、私の望む言葉を」
「……………」
「……そう言い、"僕"は最後の審判を待つような気持ちで"彼"を見る。彼は、言った――」


――ベネットの瞳がテッドを捉えた。
そしてテッドも違和感に気づく。この話は、一人称の「私」が「彼女」に延々と自覚できない感情を独白し続けるものではなかったか。
しかしベネットははっきりと、"彼"、と口にした。
その意味を、テッドは考える。


「………………」
「…………お、おい。続きは?」
「……この話はね、リドルストーリーって言って、物語の結末を敢えてぼかすことによって読者にその結末を委ねるものなんだ。……だから、お話はここで終わり」
「……あれだけ延々やっといて結末はお任せなのかよ。スッキリしねえ」
「そうだよね。……だから、僕は感想が欲しかったんだ。この物語を聞いて、僕が、そしてテッドがどう思ったか。……誰かと物語を共有して、色んな答えを知りたかったんだ……」



その間も、ベネットの視線はテッドを捉えたまま。
テッドはそれに居た堪れなくなって何度か視線をそらしたが、あまり意味はなかった。




「だから、テッド。――聞かせて?僕の望む言葉を」
「………馬鹿言えよ。感想言おうにも話が長すぎて途中とかもう忘れちまったよ」
「………………」
「それに、こんな頭働いてねぇ状態でまともなことが言えると思ってんのかよ。……休ませろ」
「………う、ん…」
「…………そしたら俺に、もっかい最初から話して聞かせろよ。それまで、感想はお預けだ馬鹿」


ベネットはきょとん、とする。


「感想がまとまったら、言ってやる。それまでお預けだ、いいな」
「…………それって、……それまでは僕と一緒に居てくれるってこと?」
「は!?なんでそうなる……! …っ、いや、そうするしかないのか……」
「そうだよ。この村にはもう住めないし、また違うところに行かなきゃ。……旅の途中で別れたら、もう二度と会えないかもね」
「………」
「……うん、いいよ。それがいい。一緒にいよう。そして感想を聞かせて。……そうして君が僕に飽きたら、殺せばいい」
「……ああ、そうさせてもらうぜ。――だから今は、休ませて……くれ……」


「――……。……うん、そうだね」






「おやすみなさい――」



そして二匹の狼は目を閉じる。
朝焼けだけが、寄り添う二匹の新たな旅立ちを祝福していた。








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