目を覚ますとベッドの上だった。窓の外には、高く登った太陽が見える。

「…………」
「ああ、起きた?おはよう。一通り傷の手当てはしたけど、痛くない?平気?」

腕も足も動く。無事だ。生きている。……俺も、ベネットも。
俺の手首と二の腕に白い包帯が巻かれている以外、いつも通りだった。

「…………せよ、……もういっそ殺せよ!!」
「あちゃあ、いじめ過ぎちゃったかな……?ごめんね。もう大丈夫だよ。
 また、僕を殺そうとするならやっぱり手加減はしないけど」
「…………っ、くそ、野郎……!殺して、やる……!!」
「その前に涙拭いてご飯にしよう。今日はテッドの好きなシチューだよ」



[Re:今宵、あなたと血の宴を]



だめだ。
やっぱり戻ってこなければよかった。

「……食べないの?」
「いらない」
「でも、いい加減に食べないと……」
「いらない、っつって……!……う……」
「……ぷっ、お腹鳴ってる。意地張らないで食べなよ。元気にならなきゃ、また僕にやられちゃうよ?」

こいつは人狼とは違う。一匹狼だ。
あの女狼も言っていたじゃないか。
敵う相手じゃないって。




――嫌いだ。
大嫌いだ。こいつも。こいつを殺せない弱い自分も。

大嫌いだ。



いつか全部、ぶっ壊してやる。


―― 九の月の小望月 ――

それからまた幾日か過ぎ。
村はソフィアの死から少しずつ立ち直りかけていた。

「ベネット君、体調はどうだね?顔色が優れないようだが……」
「ちょっと、夜遅くまで本を読んでいて……。体調は平気ですよ」
「そうか……。ところで、テッド君は?」
「テッドはまだ寝てます。昨夜、僕に付き合って遅くまで起きていたので……」
「ふむ、そうか。元気ならばいいんだ」

その日もいつものようにアルフレッドは村の人々に声掛けを行っていた。

「ヨーランダ君、具合はどうだい?」
「ええ、今日はとても調子がいいみたいです。だからこれから墓地の掃除もしようかと」
「そうか、頑張ってくれたまえ」

以前は散歩の途中にすれ違ったら挨拶する程度だったのだが、最近はわざわざ家まで訪ね、調子を窺っている。これはソフィアが死んでからだ。

「キャロライナ君、おはよう。君も馬も元気そうだね」
「おはよう村長!うん、シャーロットも、エドワードも、マリーも元気元気!」
「うん、いいことだ」

今日も何事もなく、皆元気だ――。
そう思った矢先のことだった。

「村長!」
「おや、どうしたユリシーズ」
「あ、アイリスを……、うちの娘を見なかったか!?」
「アイリス君?……いいや、見ていないな。先程まで家にいたのでは?」
「私もついさっきまでそう思ってたのさ。部屋に鍵が掛かっていたし、まだ寝ているのかと。でもいつまで経っても起きてきやしないし、呼んでも返事がないものだから合鍵でドアを開けたら……窓が壊されていて、部屋の中が滅茶苦茶に……」
「な、……なんだって!?」

村から再び若い娘が姿を消した。
この話はすぐに村中に伝わり、全員でアイリスを探すことになった。




だが。


「惨い……。……こんな、辱めを受けた挙句に、殺されるなんて……」
「た、頼む、娘を見ないでやってくれ。娘はきっと、こんな姿を皆の目に晒したくはないはずだ……!」

アイリスの遺体は、下肢を暴かれ陵辱された跡がはっきりと残っていた。
腹部――子宮から胸部に掛けて噛み千切られたように肉が散り、瞳は閉ざされもしないまま、村の端に放置されていた。

「あれは……野犬の仕業じゃないな。人間……いや、きっと人狼の仕業だ……!」
「人狼?そんな、ただの噂でしょ。そんな化け物が本当にいるわけ……」
「じゃああれを人間がやったというのか?どうやって!」
「知らねえよ!でも、人狼なんているはずないんだ!!」


この緊急事態に、村民全員が村中央の広場へと集められた。
野犬の仕業ではない。野犬はたとえ夜であろうと村の中に……まして、民家の窓を壊して中に入ってくるなどありえない。
人間の仕業でもない。こんな噛み千切ったような傷跡は、人間が人間を殺したのであればつくはずがない。
ならば、と人狼の名が挙がる。しかし、所詮御伽噺に過ぎないと信じない者も多かった。
その時、ヘクターがひらりと手を挙げ、咳払いをした。

「まあまあお前ら、ちぃと落ち着け。重要な話がある」
「……何よ、ヘクター。こんな時に」
「いやいやこんな時だからこそしないといけない話だ。……実はだな、今までずっと隠していたんだが……俺は占い師の血を引いている。人間と人狼を見分けられるんだよ」
「本当なのか?」
「こんな時に嘘言ってどうするよ。そんでな、実はついさっき……その占いの力で人狼を見つけた」

村民が一斉にどよめく。
誰が人狼なのか。
この中に人狼がいるのか。
一体誰が。どうして。

「そ、それで……誰なんだ、人狼は。この中にいるのか」

ヘクターは頷く。そして――話し合いの輪から少し外れたところに座り、難しい顔をしていた彼のほうを見た。






「――ベネット」


「…………」


「てめぇが人狼だな?」






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