「ベネット、てめぇが人狼だな?」

ヘクターの言葉に周囲が一斉にどよめく。
見返すベネットの瞳は冷たかった。

「何を言い出すのかと思えば。僕が人狼?」
「あぁ、そうだ。占いの力でそれは明らかになってる」
「馬鹿馬鹿しいね。人狼も、人狼を見つける占いも所詮御伽噺の域を出ないよ」
「でも、実際にアイリスは死んで……っ、も、もしかしてソフィアも……?」


誰かが口にしたソフィアの名に、ベネットの眉が不機嫌に寄った。
皆はそれに気づかず、あれやこれやと推測を話し始める。

深夜にソフィアが外出する先といえばベネットのところしかありえないのでは。
訪ねてきたのがベネットなら、ソフィアも警戒せず迎えたのではないか。
そういえばあの日は満月で。
人狼ならばきっと。



「…………」

ベネットを庇う人間はいなくなった。
思うところがある人間も、下手に口を出して自分が疑われるのを恐れていた。


ベネットは自分から離れたところに座ったテッドの顔を見る。
テッドも無表情のまま、ベネットと一度も目を合わせずに沈黙し続けていた。



[Re:今宵、あなたと血の宴を]




「なんてことをしてくれたんだ」


そうぼやくのはヨーランダだった。小さい鞄に衣類を二、三詰めながら、窓際に立つテッドに恨めしげな視線を向ける。

「処刑が始まってしまってはもうこの村には住めない。私はこの村を出て行く」
「勝手にしろよババァ」
「……貴方に抜け道は教えないからな」
「はっ、教えられてついていくようなタマだとでも思ったかよ?」


あの後、ベネットの身柄は教会の地下に一先ず拘束され、アルフレッドを中心に何名かで更に話し合いが行われることになった。
議題は、ベネットを処刑すべきか否か。今日の夜までには結論を出すとアルフレッドは言っていた。

テッドやヨーランダは生粋のこの村の人間ではない、という理由で話し合いの席には呼ばれなかった。
一人でいるなという命令により、テッドはベネットの次に親しい――ということになっていた――ヨーランダの家にいた。
他の、話し合いに参加していない村人も同様に誰かの家に集団で固まっているか、体力に自信がある村人は容疑者が村を出入りしないよう見張りとして外を警戒していた。
その中をヨーランダは逃げると言い出したが、テッドはそれを鼻で笑うのみだった。


「残念だよ。この村は本当に居心地がよかったのに。人狼が一つの村に定住するのがいかに難しいことか、貴方に説いてもわからぬのだろうな」
「解る気もねぇよ。俺は元々定住なんつーのには縁のねぇ狼だ」
「この村にいる貴方は少しは楽しそうに見えていたのだがな」
「耳も悪けりゃ目も悪いってか、クソババァ」
「ほざけ小童。もういい、私は行く」


勝手口から出て行こうとしたヨーランダが、扉を開ける直前に沈黙する。


「……ベネットはどうするんだ」
「はぁ?」
「貴方にとっては、敵であると同時に大事な者だったんだろう?」
「……ついに脳みそまで逝ったか?もうくたばれよ耄碌ババァ。知るかよ。元々俺はあいつを殺すためだけに居座ってたんだ、あいつが死んでくれるなら俺の目標も達成されてせいせいするぜ」
「約束があったのではないか?」
「…………守るつもりもねぇ約束だ。つか、なんで知ってる」
「以前ベネットが嬉しそうに話していたぞ。やっと話を聞いてくれる人が見つかったって」
「ふん。あいつホント友達いねぇのな」
「そういう貴方にもベネット以外の友達などいないくせに」
「いらねぇよ、俺は人狼だ。馴れ合う気なんか、更々ねぇ」




はぁ、と溜息を吐いてヨーランダは出ていく。そして二度と戻ることはなかった。
使う気はこれっぽっちも無かったが、彼女が指す抜け道が何処にあるのかはテッドもなんとなく知っていた。
沢山並ぶ墓石の中に、一つ、誰の名も刻まれていない妙な墓がある。名も無き旅の者の墓だとヨーランダは言っていたが、誰でもないならいいだろうと不謹慎にも腰掛けた時、その墓石が見た目よりもずっと軽く、腰掛けただけで僅かに動いたのにテッドは気づいていた。
何処に繋がっているかはわからないが、恐らくそれが彼女の言う抜け穴だろう。



「……アイツが処刑されるの見届けてから、俺も逃げるか、一人でも村を食い散らかすか……。…………ああくそ、スッキリしねぇな。余計なこと思い出させやがってクソババァめ」


15時を示す時計を見やりながら、テッドは呟いた。








「…………こんなことしなくたって、逃げないのに」


目隠しをされたまま手枷をがしゃがしゃと揺らして、ベネットは溜息を吐く。
檻越し、見張りに立っていたガストンがそれを無言で睨んだ。

――こんなことしなくても逃げないし、昼間に人狼は力を発揮できないのに。
とは、流石のベネットも言えず黙っている。
処刑はきっと行われるだろうという予感があった。
人狼として生まれた以上、いつかは。避けられない運命とも言うべきか。今更無様にあがくつもりもない。もう十分生きた。
大切なソフィアは死んでしまったし、後を追うのも悪くはないだろう。
ただ、ひとつ気になるのは果たされそうにない約束のこと。


「僕は、物語を途中で取り上げられたら続きが気になって仕方が無くなるタイプなんだけど。テッドはどうなのかな……」


いや、もともとあの話を語りたがったのは自分だ。
テッドはそれに嫌々ながらも付き合っていただけで、元々こんな話の続きになど興味はないのだろう。

アイリスを食べたのがテッドだということはすぐにわかった。
占い師が村にいたのは自分にとってもテッドにとっても誤算だっただろうが、とにかく、テッドの望みどおりになったというわけだ。
テッドは、ずっと自分を殺したがっていた。



彼が満足するなら、やはり死ぬのも悪くはない。
――そう思っていた頃だった。



「――おい、おい聞いてるかベネット!」
「ん……?」
「面会だ」
「面会?誰が?」
「……テッドだよ、お前には世話になったから檻越しにでも一言礼が言いたいってさ」
「…………そっか」


ああ。もしかして、話だけは聞きにきてくれたのかな。
なんて淡い期待を抱く。それが、ありえないことと知っているから、期待というよりも妄想だ。

目隠しを取ってやる、とガストンが檻の鉄格子の間から手を差し入れてベネットの目隠しを外していく。

数時間ぶりに暗闇から開放された視界に映ったのは――。

















「――何大人しく捕まってんだよクソ野郎」



赤い赤い血の色と、崩れ落ちるガストンの巨体と。
それを殺めた、愛しい人狼の皮肉に満ちた嘲笑い顔だった。







novel menu next