「俺が死ねば、全部終わる」


だから殺せと、彼は銀のナイフをオレに差し出した。


[嘘つきのジュリエット]




「……意味が、わからないんだけど? お前、アイリスに占われて人間だって……」
「アイリスは狂人だ。本物の占い師はケイトを庇って処刑されたチャールズのほうだ」
「…………どうして」


どうして、オレにそんな話をする?
どうして、オレに殺せなんて言う?


どうして、オレがお前を殺すんだ。


「アイリスが狂人だったとバレるのは時間の問題だ。明日の朝にはヘクターの霊視で、ミッシェルが人間だったことが明らかになる」
「……それで、疑いは避けられないって言うのか」
「ああ」
「それで、……生きるのを諦めるって言うのか!?」


彼は笑った。
真面目に怒鳴ったこっちが拍子抜けしてしまうくらいに、明るく、どこか寂しげに。


「…………変なこと言うのな、お前」
「……………………」

「ソフィアが殺された時、仇を取ってやるって村の中で誰よりも息巻いてたのはお前だったじゃないか」




――1週間ほど前のことだった。
オレの恋人だったソフィアが人狼に襲われて、殺された。


先月、オレの両親が事故で亡くなったばかりで。
前々から優しい恋人だったけれど、ひとりぼっちになったオレにとってはより一層の支えとなっていた。
両親のことが落ち着いたら、結婚しようか。

なんて、話をしていた矢先のことだった。




人狼探し――ソフィア殺しの犯人探し――が始まって、最初に占い師を名乗り出たのは、アイリスだった。
チャールズも処刑の直前になって占い師だったと名乗り出たけれど、信用されなかった。
きっと、狂人だろうと。


『テッドは人間だったわ』

アイリスのその言葉をオレは信じた。
いや、そもそも彼を疑う理由がオレにはなかった。
彼が人間だなんて、言われなくても解っているとすら思っていた。



だって、彼とオレは幼い頃からずっと親友で。
彼はソフィアの、血の繋がった兄だったのだから。





「どうして……ソフィアを…………」
「……ソフィアだからだよ」
「え?」
「人狼も人間と同じさ。古くて硬い肉より、若くて脂肪の乗った柔らかい肉のほうが好きなんだ。今までずっと、食べるのを我慢してきた。だけど駄目だった、気づいたら、……」
「…………」


彼の双眸が、オレを見る。

オレと過ごしたこれまでと、何も変わらない真っ直ぐな色で。




「サイラス。お前には、俺を殺す理由がある」


――やめろよ。

「これ以上村人に被害を出さないために、ソフィアの仇討ちのために、……俺のために、俺を殺してほしい」



――やめてくれよ。



「もうやめろよ!!……勝手だっ、人の気も知らないで、そんなのはお前の身勝手だ!!」
「解ってる。……最後は、お前の手で逝きたいなんていうのは俺の我侭だ。だから、叶えてくれなくてもいい」
「…………もし、叶えなかったらお前はどうするつもりだ……」
「朝一番に人狼だって名乗り出る。……今夜、お前をソフィアのところに送ってからな」



ふざけるなと、オレは彼に怒鳴りつけた。
そんな勝手が許されると思っているのか。

お前を殺してオレの気持ちは何処に行く?
そんな結末で、お前以外の誰が満足する?




「――わかった。殺してやる。そこに座ってちょっと待ってろ」
「…………。何処行く気だ?ナイフなら、此処に」
「手が汚れんのが嫌なんだよ。代わりを持ってくるから大人しく待ってろ!」


大事な親友。
婚約者の兄。

全ての元凶。



殺してやる。


殺してやる、殺してやる、殺してやる……!


「お前の思い通りになんか、させるものか……!!」






















翌朝。

アイリスが人狼だと告発したミッシェルは、霊視の結果人間だったと明らかになり、村中が動揺していた。
その動揺の中に、眠るように死んでいる彼を引きずったオレがやってきたものだから、村は更に混乱を極めた。


「嘘でしょう!? 本当に殺したの!?」

そう叫んだのはアイリスだった。
何度も何度も彼の名前を呼び続けたが、目覚めることはない。
触れた肌が思ったよりも冷たかったのか、ひいっと飛び退って失神し、そのまま他の村人に捕縛された。


オレはいきさつをアイリス以外の全員の前で話した。
最初はオレの狂言であると疑う人間もいた。
だが、アイリスが偽の占い師だというのは事実だったこと。
更に、目覚めたアイリスに彼の遺言を伝えたところアイリスが泣きながら自白を始めたので、オレの話は最終的に真実であると全員に認められた。






アイリスが告白した話によると、いきさつはこうだ。

元々アイリスとソフィアは少しの性格の違いから、所謂「馬が合わない」状態だった。
歳が近い女の子なのだからできれば仲良くしたいとアイリスは彼に相談していて、いつの間にか二人は密かに恋仲となっていた。
だけど、ソフィアからしてみれば大事な兄を嫌いな女に取られたようなもので、口には出さずともあまり快く思われてはいなかったらしい。


――この辺りは、アイリスが誇張して話した可能性がある。
ソフィアはオレの前で彼らの仲を気にするような素振りはこれっぽっちも見せなかったし、オレはソフィアからアイリスの悪口を聞いたことも無い。
……と言ったら、男の前でそんなの言うわけないでしょとアイリスに一蹴された。
どちらが正しいのかは、結局、今となってはわからないままだ。



それが事実か錯誤かは置いておいて、アイリスのために、ソフィアは殺された。
最初は二人の交際を家族なのだから認めてほしいと説得するつもりだったらしい。
だが、その途中で「不運にも」彼の中の人狼の本能が目覚め、勢い余って食い殺してしまった。
こうなってはもう、誤魔化しようがない。二人の愛を守るために、アイリスは狂人となり、占い師を騙った。



「だけど、テッドはずっと後悔していたの。ソフィアを殺してしまったこと、あたしに命がけの嘘を吐かせていること、サイラスからソフィアを奪ってしまったこと、他にも罪の無い人を何人も何人も殺してしまったこと……」

「そっか」

「あたしは止めたのに、止めたのに! サイラスに全部、真実を話してくるって……!!」



「でもソフィアは帰ってこない。他に死んだチャールズもミッシェルもゾーイもルーカスも皆帰ってこないんだ」





その日の処刑は、アイリスになった。
まだ空は晴れない。人狼はこの村にいる。
アイリスが狂人というのも実は嘘なんじゃないか。
アイリスを逃がすために彼が吐いた最後の嘘なんじゃないか。



――オレは、そう主張した。



アイリスは抵抗しなかった。
テッドのところに逝けるならと、最後まで微笑んでいた。

「あたしもあなたを永遠に愛してる、テッド」


そうしてアイリスの細い首に、太い縄が絡まった。































「思い通りになんてさせないって言っただろ?」



深夜。
満月を見上げながら、オレは呟いた。

「昨日、お前に飲ませた薬。あれ、実は仮死状態になるだけの薬なんだ」


村の薬屋というのは、オレの両親の表の顔。
だが裏では密かに不老不死やら黒魔術やらのまがい物の研究をしている、自称"魔女"だったのだ。

両親のことが落ち着いたら?
――此処にある違法薬物の処分が全部終わったら、という意味でしかない。
こんなのがあったら、ソフィアも嫁に来づらいだろう。そう思っていただけだった。
両親のことも、変わり者で迷惑な両親だと、ずっと思っていた。


「子供を薬の実験台にするようなはた迷惑な両親だったけど、唯一オレの役に立つものを作ってくれたって今は思うよ」


「…………」

「おはよう。お前の妹のソフィアは死んだ、お前の恋人のアイリスも死んだ。お前は生きてる。気分はどうだ?」




「…………ころさ、なかったのか」


「ああ。ソフィアが愛してくれたこの手をお前の血で染めるなんて真っ平ごめんだったからな。……安心しろよ、お前の死体もどきはちゃあんとアイリスに見せておいたから。お前のこと愛してるって言いながら逝ったぞ。お前は此処にいるのにな? ははっ!」

「…………」


「……オレからソフィアを奪っておいて、お前の思い通りになんかさせるもんか。これからお前はずっと此処で過ごすんだ。"魔女"の薬は沢山ある。死なない程度にずっとずっとお前を苦しめ続けてやるよ、それがオレの復讐だ!」



「………………サ……」



翠の瞳が少しずつ現状を飲み込んで俯いていく。
復讐だ。これは復讐なんだ。

オレから愛しい恋人も大事な親友も奪った、お前への。















「期待通りに動いてくれてありがとう、サノバウィッチ」


「……何……?」


言われた言葉、それを飲み込む直前に月が割れた。
否、割れたのは窓ガラス。きらきらと月の光を反射して、不思議なほどにゆっくりと落ちる。
それを見送りながら、床の上、強かに背中を打ちつけた。

降り注ぐ破片が手の甲に刺さる痛みも意識できない。
首に、あるはずのない穿孔がぽっかりと空いていた。





「大丈夫か、テッド。ったく、無茶しやがって」
「平気だって言ったろ? それよりも、ヘクターはちゃんと仕留めてきたんだよな?」
「ばっちり。やっぱ守護者死んでたわ」
「これで生存者は俺ら入れて4人。……勝ったな」


オレの上に跨っていたのは、黒い狼だった。
その姿からは誰なのか解らない。だけど、その声には聞き覚えがあった。

だけど、誰だか思い出せない。




「悪いな、サイラス。俺やっぱり、人間とはうまくやっていけそうにないや。……さよなら」



全てを悟る。
ソフィアも、アイリスも、オレも、彼に騙されたんだ。
なんで一度殺されたのかはわからない。きっと彼にとってそうする必要があったというだけ。

オレが魔女の子供で、彼を本当に殺したりしないというのも全部全部、計算のうち。






黒い狼の肩越し、滲む視界は二つになった月を映し――







そして消えた。










- result -

店番 ソフィア     村人 2日目に襲撃死
伝道師 チャールズ  占い師 3日目に処刑死
良家の息子 ルーカス  村人 4日目に処刑死
牧人 リンダ     守護者 4日目に襲撃死
酒屋 ゴドウィン    村人 5日目に処刑死
小娘 ゾーイ     聖痕者 5日目に襲撃死
飾り職 ミッシェル   村人 6日目に処刑死
受付 アイリス     狂人 7日目に処刑死
墓荒らし ヘクター  霊能者 7日目に襲撃死
薬屋 サイラス     魔女 7日目に襲撃死

記者 イアン      人狼 8日目まで生存
若者 テッド      仔狼 8日目まで生存
読書家 ケイト     村人 8日目まで生存
長老 ナタリア     村人 8日目まで生存


















novel menu