「……………別に、あいつのためじゃないさ」
――そうか、ソフィアは貴方が全部食べてしまったのか。
「せめて隣村がある方角くらい調べてから出ないとまた先月の二の舞だ」
――……あいつは悲しんでいただろう?私も長くあいつを、同じ人ならざる者として見てきたから解る。
「……用が済んだらすぐ出ていく」
――そんなことはないさ。なら、一度帰ってみるといい。…あいつのことだ、びーびー泣いてるさ。力はあるが、ただの寂しがり屋の餓鬼だからな。
[Re:今宵、あなたと血の宴を]
日が沈んだ頃に、俺はヨーランダの家を出た。
そしてそのまま一度ベネットの家に戻り、扉を開けた。鍵は…開いていた。
真っ暗な家の中をなるべく足音を立てずに歩く。
…俺が今からすべきことは、部屋の壁に掛けてあった地図を見ることと、あいつが本当にあの女を失って泣いているのか確認すること。
それだけ。
それ以上は何もしない。またすぐに出ていってやる。
「………先に、地図だな…」
ひとつ深呼吸をしてから、今朝まで使っていた部屋の扉をそっと開いた。
「――……!」
ベッドの上であいつが寝ていた。
…本当に寝ているんだろうか。昨日の今日だからまずそこから信じられなかった。
なるべくベッドに近づかないように、暗闇の中目を凝らして地図を見る。
「……………あ」
…しまった。
……まずこの村は何処にあるんだ。
森が近くにある村なんていくらでもある。
つい、舌打ちをしてしまう。その音であいつが身じろいだ。
咄嗟にベッドの影に隠れた。
「……ん…」
寝返りを打っただけのようで、そのまま静かになる。
影からそっと顔を出すと、向こう側を向いていたあいつの顔が丁度よく見えるようになっていて、どきりとした。
「………」
泣いてはいない。けれど、……こいつのこんなに悲しそうな表情を見るのは初めてだった。
いつも人を食ったような……どこか調子に乗って笑っていたベネットが、今にも泣き出しそうな顔で眠っている。
――あいつは悲しんでいただろう?
ヨーランダの言葉が、頭を過ぎった。
……馬鹿馬鹿しい。
自分が食べるつもりだった相手を食べそこねたら、そりゃあ腹が減ったとか、残念だとか、折角の獲物を奪われたとか、そういう感情があるかもしれないが。
寂しい?悲しい?
食べたらいなくなる相手を?
…馬鹿馬鹿しい。
「……い、で…」
「………………」
「……いか…ないで……。…ソフィ……」
――気に入らない。
「……起きろ!」
「………え、……テ、ド…?」
らしくない顔が無性に気に入らなくて、結局叩き起こした。
寝ぼけ眼で驚いたように俺を見るベネットに、地図を示す。
「この地図で、この村は何処にあるんだ。それが解らないと次の行き先が決まらない」
「……あ…え…?……えと、その地図じゃあ広域過ぎてこの村は載ってないよ…。……地図帳、持ってくるから待って…」
のそのそと起き上がってベネットが出ていった後のベッドに俺は座り込む。
「――黙って出てくんじゃなかったのかよ」
少し冷静になってみれば、明らかに矛盾した自分の行動が解らなくて。
俺は軽く頭を抱えることになった。
本当にここ最近、調子が狂う。
それもこれも全部あいつのせいだ。
あいつの。
――やっぱり殺してやる。
同じようにあいつのケツを引き裂いて、内蔵抉り出して、許しを乞わせてから、殺してやる。
そうしなければ、この訳のわからない感情が収まらない。
きっと。
俺はあいつが嫌いなんだ。
「…………やめだやめ!」
「へ?」
「俺、もう暫くこの村にいる。ここの部屋ももう暫く借りるからな」
「あ、ああうん?……いいよ?」
地図帳を持って戻ってきたベネットは、話が見えないというような顔をしながらも俺に頷いた。
「……いいけど、その代わり頼みがあるんだ」
「頼み?ケツ貸せっつーのだったらきかねーからな」
「…………なんだ、貸してくれないのか。……まあそれは冗談として。あの、僕が今訳している途中の本、あるでしょ」
「あるな」
「あれの訳が終わったら、僕の訳を聞いてほしいんだ。それで、感想を聞かせてほしい」
「…………………。……俺、小説とか理解できねーんだけど」
「思ったことをそのまま言ってくれれば、それでいいよ」
…まあ、またあんな痛くて気持ち悪い思いするよりはマシか。
そう思った俺は、ベネットの頼みを承諾した。
……どの道、人狼の力が一番弱まる夜。
次の新月には、あいつを殺すつもりだったから。
どうせ果たされないだろう約束に喜ぶベネットを、俺は憐れんで哂った。
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