春。
僕はやっと志望通り、中高一貫の全寮制の学園へ入学して。
やっと、これで。
大好きな貴方に毎日会えると思っていたのに。

「ディーン兄――……さ……」


貴方の隣には、僕の知らないひとがいた。


[花の散るらむ]


隣の家に住む、5つ年上の人だった。
さらさらの金髪と、ちょっと気難しい表情が特徴的で。
引っ込み思案で慌てん坊の僕と、よく一緒に遊んでくれた。

『――え、"りょう"?』
『ああ。特別な事情が無い限り寮に入るように、とのことだ』

まだ子供だった僕は、その言葉の意味もよくわからなかった。

『長期休みに入ったらちゃんと帰ってくるから。だからそんな顔をするな、ジョージ』


彼と、会えなくなる。
その意味をちゃんと理解したのは、彼が入寮して、隣の家から彼の姿が無くなってから3日が過ぎてからだった。

彼が入寮してから初めての夏休み。
帰ってきた彼に、僕はわんわん泣きながらしがみついた。
制服を着て少し大人びた彼は、最後に会った時と変わらずに僕の頭を撫でてくれた。



会えない時間を何年も積み重ねて、僕は気づいた。
僕は、彼が好きなんだと。
それを自覚した頃に、進学の話が持ち上がって。
僕は迷わず、彼と同じ学校への進学を選んだ。



「ディーン君、今年の春休みは帰ってこないんですって」
「彼ももう最上級生だからなあ。大学受験のこともあるだろうし、それに、春休みは短いからな」
「寂しくない?ジョージ」

「平気だよ。だって4月になれば、毎日会えるんだもの」


そうだ。
毎日、会えるんだから。
だから。





寂しくなんて、ない、はずだったのに。


隣にいる、その人は誰?
あんなに楽しそうに笑う貴方を、僕は見たことがないよ。
声を掛けたいのに、なのに、喉がひくついて、上手く、話せ、


「ジョージ!!」


――…同級生だった。

「もう入学式始まっちまうぞー、どうしたんだよ」
「そ、そこに知り合いが……」



もう、いない。
僕に気づかずに、僕に背を向けて、楽しそうに笑いながら、ふざけて手を繋いで。
貴方は消えていく。
僕の知らない誰かと一緒に。


「……ごめん、なんでもない。行くよ……」





花が散る。
新たな門出を祝う為に。
僕の視界を白く染める。



「――お?そのタイの色。新入生じゃん。入学おめでとー」
「……ありがとう、ございます……」
「って、うわっ、暗っ! え、え?どーした?花粉症?」
「ちがいま、す。ちょっと、……悲しく、って」


緑のタイ。
……彼と同じ、高等部の最上級生の。
そんな些細なことにすら、胸が痛む。


「…………なんというか、それは。ご愁傷さまだなあ……。ウチのガッコ、まあ、こういう場所柄だから?男同士のカップルは珍しくないっちゃないけど」
「…………」
「……告白だけでもしてみる気はないの?もしかしたら一緒に歩いてたってだけで、ただの友達かもしれないじゃん」
「……彼は……本当に仲がいい人の前じゃないと、あんな楽しそうに笑ったりしないんです……。僕もあんな楽しそうな顔、見たことない……」


突然僕に話しかけてきたその人は、墓穴を掘ったと言いたげな苦い表情をする。
ああ、初対面の人にこんな話するなんて僕もばかげてる。
男が男を好きになりました、だけど相手にはもう恋人がいました。なんて。
誰の得にもならない、つまらない話。


「あーんま子供にこういうの渡すのよくないかもだけどさー。俺不良だからさー。こういうモノしか持ってなくてさー」
「?」
「……惚れ薬。……勇気が出る薬とでも言っておこうかな。コレ、ソイツと二人きりのときに飲ませてみろよ。上手くいったら、上手くいくかもしれん」


とん、と僕の手の中に置かれたのは色付きの瓶。中には液体が入ってて。ラベルにはどこか外国の、僕には読めない文字がいっぱい書かれている。

「惚れ、……薬?」
「そうそう。俺もむかあし、ソレをちょっと気になってた先輩に飲ませて酔わせてヤっ……おっと。一晩だけ恋人っぽいことしてな」
「……一晩で効果がなくなるんですか……?」
「使い方次第だなー。俺は調子乗ってたらぶん殴られて終わったけど。こんなことしちゃうくらい先輩のことが好きなんですよ!って言えば、もしかしたらぐらってクるやつはクるかもしれないよ?」


――頑張れ。
花の香りと共にその人は去って行った。

名前。お礼。
聞いてない、言ってない。
それに気づいた時には、やっぱり遅くて。


瓶を見る。


「……ディーン兄さん、僕のこと見てくれるかな……」

不思議な液体だった。
一口飲んだだけで身体があったかくなって、なんだか、なんでもできるような気分になってくる。

「ディーン兄さん……好きだよ……。だからそんな奴じゃなくて、僕を見て……僕だけを見て……」






液体に酔った僕の頬の上。
花が散る散る。

「愛してる、……兄さん。……」


黒く濁った、愛が散る。







novel menu