「――マジで来るとは思ってなかった」
「なんだよそれ」
「いやあ。流石にクリスマスイブに来るとは思ってなくて。冗談かと」
「………生憎僕の家はキリスト教じゃないんでね」
フォーゲル。……それが目の前のこの、金髪蒼眼の男のハンドルネームだ。
最初に会ったのは確か、半年くらい前。
いちいち遠くのハッテン場やゲイバーまで出向いて一晩の相手を捜すのに疲れたから、ゲイ専用の出会い系掲示板に書きこんでみたのがきっかけだった。
何人かからレスが来たけど、フォーゲルが一番年齢も居住地も近かったからという理由で彼を選んだ。
駅前のコーヒーショップを待ち合わせ場所に指定されて、言われた通りに2人がけのテーブル席に本を置いて座っていたら、向かいに座った男がやたらと好青年だったので驚いたのを覚えている。
『やあ、……これは予想以上のアタリを引いたかな。……フレア、だよな』
『……。そうだよ、フォーゲル。はじめまして』
僕はフレアというハンドルネームを使っていた。5秒で考えた捨てハンドルだ。
……それが、こんなに長い付き合いになるとは、その時は全く思っていなかったけれど。
「――ま、とりあえず上がれよ」
「ありがと。あ、一応手土産は持ってきた。缶コーヒーだけど」
ほら、と手渡すと、フォーゲルは大袈裟に熱がって缶を取り落とした。
「あっつ!びっくりした!」
「ああ、さっき下の自販機で買ってきたばっかりだから熱いかもね。ごめん、手袋してたから気付かなかった」
「ったく……あちち、…っと。で、どーするんだよ。お前、次の予定は?」
「特に無い。今日は帰りたくない。フォーゲルこそ、僕の次の予定は?」
「馬鹿やろ、ねーよ。どいつもこいつも今日は本命とよろしくやってるさ」
「なんだ、アンタは本命と過ごさないんだ」
「俺は自由人だから本命とか居ないぜ。強いて言うなら皆本命だな」
「僕のことも?」
「おうよ」
馬鹿なやりとり。
だけど嫌いじゃない。
「だけど、今日泊まってくなら急ぐ必要もないな。どーする、先に飯にするか?」
「んー……。どうしよう。……さっきヤったばっかりで緩くなってる穴に突っ込むのが嫌いじゃないなら、今がいい」
「……はしごかよ、ったく、淫乱め。家族が泣くぞ?」
「……。今日は家族の話はしたくない」
「なんだよ、喧嘩したとか?帰りたくないってのももしかして」
「そういうわけじゃない。いいからシて」
強引に腕を引いてベッドに誘うと、フォーゲルはやれやれと肩を竦めて僕の髪に指を絡ませた。
そのまま深いキス。セフレ相手にキスとか、さっきの男もそうだけど、よくする気になるなと思う。
まあ、しないと盛り上がらない、とフォーゲルは言うし、フォーゲルのキスは上手いから僕も嫌いじゃない。
「…お前さあ。別に野郎はしごするのは止めねーけど、口くらいゆすいでこいよ。前のヤツの味がするぞ」
「ん?これ自分の。口移しだけど」
「どっちにしろ。俺は前のセックスの残りなんて飲みたくねーよ」
「じゃあ、今から出すから飲んでくれる?……それとも飲んであげようか」
「……掛けるほうが好きだな。どうせ泊まってくんだろ、しろよ」
「ん」
ベッドの縁に座ったフォーゲルの前に僕は屈む。
何年か前は想像もしなかった、同性のそれを口に含む行為も、今はもう普通にできる。
ズボンを下ろして、下着越しにそのぬくもりに触れて、唇を寄せて、息を吐いて。
そういえば、フォーゲルにフェラをするのは初めてかもしれない。無理矢理口に突っ込まれたことはあるけど、あれはなんだっけ、イマラチオというのだっけ。
だからこれは未知の世界。少しだけ緊張した。
「――お前さ、フェラ得意?」
「……多分下手。初々しいって喜ばれたことはあるけど、上手いって褒められたことはないし」
「じゃあ、仕込むか。俺好みに」
フォーゲルの指が僕の髪をとく。碧の髪が視界の端に映った。
手つきが優しいから、まるで女扱いされているような錯覚を覚える。
フォーゲルは僕みたいな自傷的なセックスをするヤツじゃない。簡単に言ってしまえば遊び人だ。
きっと大勢の相手の中に女もいるのだろう。なんて、思った。
「……ん、っ」
「あー……。なるほど、下手だな。ちょっと口外せ」
「……………」
「あ、その表情はイイ。そのままその顔してろ。…いいか、とりあえずもっと奥まで咥えろ。んで舌は……」
――…鏡がないから自分が今どんな表情をしているのかわからないのだけど。
口をだらしなく開いたまま保つのは結構辛い。口の端から唾液が垂れそうになった。
というか、垂れた。慌てて口の端を拭うけれど、受けきれなかった分が服に染みてちょっと冷たかった。
「……あ、口閉じちまった」
「そりゃ閉じるって。いつまで開かせっぱなしにするんだよ」
「ええ。だって、よかったぜ今の表情。お前の嫌そうな表情は結構そそる」
「んじゃこれからずっと嫌そうな顔してセックスするよ」
「ムリムリ、お前すーぐ気持ちいいって善がるもん。前なんて言ったか覚えてるか?ひいひい喘ぎながら俺とのセックスが一番イイって言ったんだぜ?そんで気絶しちゃって」
「………っ」
「ああ、その表情もイイ。そっか、言葉攻めすればいいのか。やー、よしよし。弱点発見」
「るさ、……要するにっ!こうすりゃいいんだろ!」
やけくそ気味に目一杯目の前のペニスを咥えると、勢いがよすぎたのか喉の奥に当たってうっ、となった。
けど、意地になって耐える。そのまま言われた通りに舌を動かした。
「……っ、……ばか、無理、すんな」
「ぐ、……」
ああ、これは。……舌が疲れる。頬の筋肉も疲れてきた。
でもここでやめたら、それは僕が悔しい。だから。
「ああ、馬鹿。も、いい」
「…ふぁら、……ひっへらいほひ」
「何言ってるかわかんねえよ、馬鹿。嗚呼いいから、口、離せっつ、……の!」
「っあ……!?」
髪を引っ張られて、無理矢理口を外させられる。
と、同時。顔に勢い良く精液が飛んできた。
どろりと頬を、髪を、白濁が垂れていく。
「……掛けるつっただろ。飲もうとすん、な」
「………忘れてた。……あれ、息、上がって」
「っ、……ああもう。今日はお前、自分で動けよ。お前が欲しいつったんだからな」
「……。…いいよ、さっさとズボン脱いで横になれば」
僕も服を脱ぐ。……髪は洗えばいいけど。服についた分はどうしようと漠然と思った。
まあ、いいか。
フォーゲルの上に跨って、求めるモノを手に入れる。
今はそれだけ考えていれば、いい。
「――…! ひあ、……あっ、くっ、…気持ち、……い、……あっ」
ぐちゅ、ずちゅ、ぬちゅ、ぐちゅ。
そんな淫靡な音だけが僕の耳を支配する。この瞬間だけは、何もかもを忘れられる。
何もかも忘れたいんだ。
未だに癒えない失恋の痛みも、太陽のように明るい兄への嫉妬も、良き兄でいられない自分の浅ましさも、全部、全部、全部。
――自分の存在さえ。
「あ、あ、いい、いい、も、っと、ほし、……ぜんぶ、ちょうだ、んあっ、……あ――……!!」
なくなってしまえば、いいのに。
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