切欠とか、今更思い出すのも馬鹿馬鹿しいくらいに馬鹿なことだった。



「――は。……あ、んっ、いい、そこ……っ!」


女の子に振られた挙句の自暴自棄。
簡単に言ってしまうとソレから始まった僕の、恐らく世間的には間違いであるだろうこの行為は、僕の中に開いた溝を一時的にでも埋めてくれた。

尻の穴に他人を受け入れるという、即物的な方法で。



「――――……っ…」
「……どうだい、感想は?」
「……前、よりは、マシ、なんじゃ、ない、の……っ…は…」
「ツレねえなあ、相変わらずよ」


別に、お前に媚びようだなんて思っていない。
そう言おうとした口は、些か雑な口付けに塞がれた。
この男はセックスの後に僕の精液を飲んだままの口でキスをする。
それさえなければ身体の相性も悪くないし、一番付き合いの長いセフレだから僕の好みをよくわかっているし、毎回ちゃんとホテル代をもってくれるので悪くない相手なんだけど。


「…まずい」
「お前のだろ。……ほら、今日の分」
「………なに、もう終わり?年食って2ラウンド目は勃たなくなっちゃった?」
「ちげーよ。ほら。今日はクリスマスイブだろ。クリスマスイブに過ごす相手がこんなオッサンじゃお前が可哀想だと思ってな」
「僕は別に……」


――ああ。
そういえばこの男は妻子持ちだった。
妻と子供がいるのに、外でこうして火遊びする気持ちというのはどういうものなのだろう。
僕にはわからなかったし、別に知りたいとも思わなかった。


「お前の家がどういう状況かは知らないけどよ、クリスマスってのは家族で過ごすもんだ。今日くらいちゃんと帰ってやれ」
「……………それをアンタに言われる日が来るとはね……」


いつかの会話を思い出しながら鼻で笑ってやれば、男は顎に手をやりながら苦笑いを浮かべた。

別に、家が荒れてるから帰りたくないわけじゃない。
寧ろ僕の家は平和そのものだ。
僕だけがこんな奴で、家族の団欒には場違いな気がして、帰りづらいだけ。

きっと家に帰れば、僕の同い年の兄と、高校生の弟が一緒に仲良くチキンを焼いているのだろう。
……今日くらいは、ちゃんと早めに帰るか。
そう思いながら服を着ると、ポケットに"紙切れ"が捩じ込まれた。

「待って、多い」
「ああ?適当に出したからな。じゃあそいつはクリスマスプレゼントってことで受け取っておけよ」




ホテルを出る直前、嫌がらせとしか思えない位置に備え付けてある大鏡の前で僕はウィッグの髪を軽くといた。
……男同士でホテルに入るとどうしても目立つ。中には禁止しているホテルだってある。
だから、こうして出入りの時だけ女装するのが習慣になっていた。
女装と言っても、服は元々ユニセックスなものを選んでいるから、その辺で売ってるツインテールのウィッグを被るだけの簡単なもの。
これだけでも一応、知り合い避けにもなる。

「しかし、お前の女装は似合わねーな。顔だけならホントに女に見えなくもないが、身長が高すぎるぜ。180越えてるんだったか?」
「ぎりぎり越えてない。それにアンタのほうが身長高いんだし、バランス取れてるんじゃないの」

このままホテル街を抜ければ、人通りの少ない細道がある。
そこでウィッグを外して鞄に仕舞い、何事もないような顔をして家に帰る。
いつもそうしてきたし、今日も当然そうするつもりだった。



「兄ちゃ……?」



ホテルから出てきた途端に聞こえた声。
反射的にそちらを見てしまった。

ちょっと大人びた私服を着て、見慣れない女の子と手を繋いでいる。
――ああ、そういえば先月辺りに彼女ができたって言ってたな。
そんなどうでもいい情報が頭の中で流れて、消えた。


「――…!」

僕はなるべく顔を隠すように俯いて、男の腕を強く引いた。
それだけで男は察してくれたようで、一緒に急ぎ足で歩いてくれる。

どうしたの、てっちゃん。知り合い? と、可愛らしい女の子の声が遠く聞こえた。




「――弟クンかい?見たところ中学と高校の間くらいな感じだが、こんなところ歩いてていいのかねえ」
「うるさい」
「そんなに急がねえでも。もうとっくにまいたぜ?今頃は俺らが使ってた部屋でヨロシクしてるかもなあ」
「黙れ」
「……やれやれ。……ま、もう駅ついちまったから俺はこれで退散するよ。お前も気をつけて帰れよ」
「えっ、……あ、……」


駅、という単語にようやく僕は地面ばかり見ていた視線を上げた。
確かに駅だ。僕もウィッグを外してから電車に乗れば、家に帰れる。

帰れる?



――弟に、……知られたかもしれないのに?

勿論、弟には僕が不特定多数の男とセックスしているだなんて教えていない。
知られたくないからわざわざこんな遠い街まで電車で来ているのに。
何でいるんだ、という八つ当たりに近い思いが湧いた。
それと同時、……弟に軽蔑されるかな、とも思った。



帰れる?
――帰れるわけ、ないだろう。

こんなに汚れてしまった僕が、あんな温かい団欒の中になど。


僕は携帯を取り出して弄る。

「――フォーゲル、今暇?そっち行っていい?」


男から、別の男に。
頼る相手が大学の友達じゃなくて、セフレであることが本当に情けなく思えた、けれど。


僕にはそれがお似合いのような気がした。


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