[生徒会長の憂鬱]
―― 2/10 Wed. 生徒会室
「そういえば、今年のストラッドはどうだったんや」
「楽しかったですよ。智…ああ、えっと俺のダチが優勝しましたし。んーと、パーカスやってるやつなんですけど」
「知っとる。いつも遅くまで音楽室でぷーぷーぎゃあぎゃあ騒いどったのよう覚えとるわ。活動時間過ぎてもまぁだ鳴らしとったから何度か音楽室に文句言いに行ったこともあるぞ。智っつーやつの顔はうろ覚えやけどな」
「え?…あれ、もしかして会長」
「お前らと中学同じやぞ。なんや、知らんかったんか」
少年がすいませんと頭を下げると、別にええわと短い返事。
会長と呼ばれた茶髪の男は、窓際に置かれたいかにも高そうな椅子の肘置きに肘をつき、窓の外を見ている。
その表情は、少年のいる位置からは見えない。
「――あの」
「何や」
「俺らのこと知ってたって、その、…もしかしてそれで俺を生徒会に」
「んなわけあるか。資料整理とか得意なお前を俺が合法的にこき使う為にやってみんかって声掛けたに過ぎん。第一、生徒会メンバーは俺の独断で決められるもんやない。選挙で決まった民意や」
「…あんなん、誰でも立候補すれば通るやないですか。生徒会なんて面倒くさい仕事やろうなんて人、そうそういませんし。会長職ならとにかく、俺は書記ですし」
「うるさいわ。お前が自分の意思でココに来たことには変わらん」
ふう、と息を吐く音。
男は、その箱取って、と少年を振り返りもせずに言う。
少年は"その箱"が何を指すのか暫し迷ったあと、もしかしてこれか、と手のひら大の大きさの箱を手に取った。だが、渡さない。
中々動かない少年を訝しんで男が振り返った。
「…早う寄越せや」
「会長、流石に喫煙はどーかと思うんですよね」
「火ぃつけんかったらええやろ。口が寂しいんや」
「ならガムでも買うてきたらどーですか」
「お前の奢りなら考えんでもないが。…今は煙草の気分や」
寄越せ、と少年を睨む。
火ぃつけたら怒りますよ、と。諦めて少年は煙草の箱を手渡した。
男は煙草を1本取り出して口に銜える。…銜えるだけ。
「…というか、吸う人やったんですか。会長って」
「……火ぃつけたことは殆どないな。持ってるのは吸うためやのうて、お守り…いや、気づいたら持ってる呪いのなんとかみたいな…」
「へえ。喫煙者の恋人でもいるんですか」
「なんでそんな解釈になるんや。しばくぞ」
それは勘弁、と言いたげに少年は右手を挙げる。ホールドアップ・フリーズ。
別に撃たんから下ろせ、と男は手をしっしっとあしらうように振る。
「…まあ、他人の影響なんは間違いないな」
「会長から浮いた話が聞けるだなんて明日は雪…ああいや、貴重な機会ですわ。聞かせてくださいよ」
「浮いた話ちゃうわあほ。…………」
凄く嫌そうな瞳で男は少年を睨む。
だが、にらめっこは長くは続かなかった。男のほうが先に折れる。再び溜息。
「…中学ン時の同級生。煙草がよう似合うヤツやった」
「……………」
「昔っからあいつは絵に書いたような不良で、俺は学年首席の優等生やったから、とにかく相性は最悪やった。やのに出席番号の関係であいつはいっつも俺の前ん席でな。腹ァ立ってしゃあなかったわ」
語られる言葉はゆっくりと、思い出すように。
楽しそうでも悲しそうでもないのは、それが男にとって完全に過去の話だからなのか。
或いは――。
「あいつバカやったから、高校とか行けんでな。やっと離れられるってせいせいしとったら、バイクで事故って死んだ。…それが、俺の誕生日やったんや。最後まで俺に迷惑かけて、ほんまに腹立つヤツやったわ」
「……それ、その人が吸ってた銘柄ですか」
「知らん。俺あいつんこと嫌いやったし」
「でも、持ってるんですよね?」
「やから、呪いのなんとかや言うたやろ。別に、あいつを思い出すようなもん持ちたくもないのに、……」
言葉が切れる。
沈黙が流れて、だが、不快なものではない。
きっと必要なものなのだ。だから少年も何も促さずに黙る。
「……止めや、止め。やっぱおもろないわこの話。…まー、何が言いたいかっちゅーとだな、友達は大事にしろ、それから、事故には気ぃつけろ、っつー話や。お前には今更な話かもしれんけどな」
「そですね。俺も一度事故ってからかなり気ぃつけるようになりましたし、友達大事に、は、言うまでもないですよ。大事にしてます」
「は。ならええけどな。……そういえば、今日は仕事ないのになんで来たんや?そろそろ部活も始まるやろ」
「ああ、そうでしたわ。危うく忘れて帰るとこでした」
少年は小さな袋を差し出す。神社の名が書かれた袋。
開ければそこには学業成就のお守りが入っていた。
「会長なら心配ないと思いますけど、ストラッドで遠出したついでに買うてきました」
「ふん、気ぃ利くやないか。明日はほんまに雪かもしれんな」
「ええ?それ困りますわ。やったら、誕生日プレゼントってことで笑納しといてください」
そんじゃ俺はそろそろ部活行きますんで、と少年は生徒会室を出る。
男はその背中を目で見送ると、軽く笑った。
「……フン」
――馬鹿なヤツ。
「…俺の高校受験は2月9日やったんやで。受験せんで中卒で就職するやつはそんなことも知らんから困るわ」
―― あの子のポケットの中に、学業成就のお守りなんて入ってたんだけど。
―― どうしてだったのかしら。…あの子、高校も受けないのに。
男は煙草に火をつけた。一度深く吸い込んで――…噎せないように、と思ったけれどやっぱり噎せた。
すぐに手近にあった空き缶の中に押し込んで捨てる。
「くそ、マズい。目に染みるし、やっぱり煙草なんて嫌いだ」
嫌いだった。大嫌いだった。
あいつもきっと俺のことを嫌っていただろう。
受験日の翌日にお守りだなんて、嫌がらせじゃないのか。
しかも俺に渡す前に死にやがるし、馬鹿だ。
「………その馬鹿によう似とるから、やっぱりお前も嫌いや、浬」
半開きの窓から冷えた風が入り込んでくる。
寒いな、と、男は肩を震わせて。堪えるように、目をきつく閉じて俯いた。
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