―― 卒業式当日、月曜日
「…あー……終わった…」
「お疲れ様。答辞もよかったよ。皆ぼろぼろ泣いてた」
「あー下向いてるヤツ多くて聞いてないのかと思ったら泣いてたのか…」
卒業式も無事に終了し、あちらこちらで写真を撮ろうとか、携帯のアドレスを交換しようとか、これから何処かに打ち上げに行くかと盛り上がっている。その輪からは少し離れたところにラルフとベネットはいた。大勢での馬鹿騒ぎは2人共あまり得意ではないのだ。こうして、楽しそうな皆を少しだけ離れて見ているくらいが丁度いい。と、ラルフが時計を気にしている様子なのにベネットが気付いた。
「どうしたの?」
「…いや、ちょっと。…フィリップに会ってくる。俺、あいつのほうにまだ返事してないから」
「ああ………うん、そうだね。ちゃんと言ってきたほうがいいよ。いってらっしゃい。おれ、ここで待ってるから」
ラルフを見送ってから、ベネットは自分の携帯を開く。この前、大人気ないメールを送ったことをいつか謝らないとなあと呟きながら、受信したメールを見る。そこには、土曜日に書いたあのメールの文章と同じもの。…同じメールを、自分の携帯にも送っていたのだ。CCに、フィリップのアドレスが書かれている。勿論、フィリップ側のメールにも同じようにベネットのアドレスが書かれているはずだ。……フィリップが気付いているかは知らないが。
ちなみに、ラルフの携帯の送信履歴は消してある。その辺りぬかりはない。
「………」
「ベネット、何ぼーっとしてるんだよ?こっち来て写真撮ろうぜー!」
「あ、うん。今行くー!」
生徒会室の窓の下。人気のないそこに立っていたフィリップの耳に足音が届いた。振り返る。
「…会長」
「……ごめん、待ったか?」
「いえ、俺も今来たところです。…それで、話って」
「………ああ。この前の、返事だけど」
少しの期待と、――少しの諦めと。複雑な感情を心の中に孕みつつ、フィリップはラルフの言葉を待った。言いにくそうに逡巡するのも僅かな間。すぐに、その口が開かれた。ひどく、時間が長く、ゆっくりと感じられた。
「――ごめん。俺はお前の気持ちには応えられない」
「…………」
「俺は、…ベネットを選ぶことにした。あいつのことを恋愛感情で好きかはまだわからないけど、…恋愛かどうかは抜きにしても、あいつが大事なのは確かだから」
「…はい。……そう、ですよね。…この前会った時、俺、2人はお似合いだなあって思いました。我侭な会長をしっかりとサポートできる女房役みたいな……。…以心伝心、みたいな雰囲気もあって、……俺も、会長とああなれたらいいなって、思っ…」
ぽろり。涙が一滴、フィリップの頬を伝った。あ、とラルフが声を上げた瞬間、それはごしごしと乱暴に拭われる。ごめんなさい、ありがとうございました、と言いながら、フィリップは走り去っていく。
「フィリ…っ!」
追いかけられなかった。今の自分が、追いかけてはいけないと…思った。きっとフィリップは、ラルフの見ていないところで泣きたいだろう。そう思って……ごめんともう一度小さく言い残してから、ラルフもその場を去った。
「――っ…!」
泣かないって、――少なくともラルフの前では泣かないって。どんなことを言われても、最後は笑ってさよならしようと思っていたのに。だめだった。堪え切れなかった。それで逃げ出してしまった。楽しかった思い出を思い出すと、また涙が溢れて、止めようと思っても止まらなくて。
誰とも会えそうになかったからもうこのまま帰ってしまおうと校門の外まで一気に走った――その時。
「っ!?」
「わあっ!?」
前を見ていなかったせいで、誰かにぶつかった。お互いに尻餅をついて、いたたた、なんて言いながら目を開ける。
「ご、ごめんなさい…大丈夫ですか…?」
「お、俺のほうこそ前見てなくて…すいません!怪我とか…」
一瞬。フィリップは自分の目を疑った。そこにいたのは、ついさっきまで話していた――ラルフだったからだ。…いや、よく見ると違う。目の前にいるラルフにそっくりな人は私服。…顔や声こそそっくりだったものの、非常に大人しそうな印象を受けた。実際、大人しい性格なのだろう。掛けてくる声の弱々しさからそう感じられた。
「……もしかして、会長の弟さん…?」
「かいちょ……。…ああ、ラルフのこと知ってるんですね。そうです。俺、ラルフの双子の弟です」
「そうだったんですか。あなたが…。…あ、ひょっとして会長に用ですか?」
「あ、…いいえ、本人に用はないんです。卒業式だって聞いたから…少し、見ようと思って。…でも、終わってるっぽいですよね。ここまで声が聞こえるんで…」
「…あ、はい。卒業式自体はもう終わりました」
「……そっか…。…じゃあ、帰りますね。あ、俺が来てたこと、ラルフには内緒にしておいてください。……それじゃ」
「あっ、ちょっ……! ……行っちゃった」
そういえば、兄弟仲があまり…という話を一昨日ベネットから聞いていた。確かに、あれは…少なくとも、弟のほうから兄であるラルフを嫌っているわけではないように見えた。だが、何があるのかはわかるわけがない。
「…………はあ」
ぶつかったショックで涙も止まって、色んなことが拍子抜けしてしまった。何か美味いもんでも食って帰ろう……そんな風に思いながら、フィリップは学園を後にしたのだった。
― To be continued...?
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