「ねえねえ、次あっち行こうよ」
「おれ疲れちゃったな。あ、ちょっとジェラート食べて休憩しない?」
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるー!」
ぐったり。そんな言葉が一番似合う状態でフィリップはベンチに座り込んだ。最初に送られたメール以外に意地悪が飛んでくることもなかったが、とかくあっちこっちに引っ張り回すので肉体的にも疲れてしまったのだ。
隣に座ったラルフが大丈夫か?と苦笑しながら背中を摩る。
「付き合わせて悪いな。あいつ、こういう大きな店とか大好きでやたらテンション高いんだよな。普段はもっと大人しいんだけど」
「……そ、そうなんすか…。…あの、会長」
「何だ?」
「…どうして、俺を誘ったんですか?」
実に直球な質問だった。これでは、2人のデートに荷物もちとして付き合わされているのと殆ど変わらない。――流石にベネットはフィリップに荷物を持たせてはいないが。
ベネットはああ言っていたが、どうして、という不満に似た思いは確かにあった。――どうして、昨日の今日で、俺を。
「……………どうしたらいいかわからなかったから」
「…えっ?」
「……悪い。昨日一晩考えたんだけど、結論出なかった。…それでも、お前には何か言ったほうがいいと思って。…でも、俺一人で、いつものようにお前の顔を見られる自信がなかったから。だから、あいつにも来てもらった」
「…………会長…」
困ったような、一生懸命、ことばを選んでいるような。そんな様子のラルフを、フィリップは初めて見た。フィリップの知るラルフは知的で、ちょっと腹黒くて、隙なんてまるでないような、そんな人だったから。
「…俺、待ちます。会長の気が済むまで考えてください。……へへっ」
「……な、んでそこで笑うんだよ。気持ち悪いな」
「あ、いえ…。…その、会長がそんな顔するくらい、真面目に考えてもらえたんだと思ったら、なんか嬉しくて」
「………前々から思ってたんだが…お前、ひょっとしてマゾか?」
「そうかもしれないっす」
丁度そのタイミングでトイレに行っていたベネットが帰ってくる。
「おい、遅い」
「ごめん、迷ってた!」
「迷ったんなら携帯に…って、ああそうか。忘れたんだっけか」
席を立つラルフから視線を外したベネットが、フィリップを見て、ウィンクする。――ああ、迷ったなんて嘘だ。そう直感した。ついでに言えば、携帯を忘れたなんてのも嘘だろう。しかし、ライバル宣言をされている以上、ベネットがフィリップとラルフを2人きりにする目的はよくわからなかったが。
「さって、次はなんだっけー?」
「服欲しい。春から着れるマトモな服ないから」
「え、そうなんですか?そのジャケットとか、似合ってるのに…」
「………これ、弟のだから」
「弟?会長、弟いるんですか?」
「ああ」
「へえー、弟さんも会長に似て、のわっ!?」
「わっ、ごめんごめん、転んじゃった」
えへ、と笑うベネットにラルフが何やってるんだよと呟く。それから、背を向けて歩き出した。ベネットが、神妙な顔つきになってフィリップに小声で囁く。
「………ラルフ、弟と上手くいってないから。弟の話は、掘り下げないほうがいいよ」
「そ、そうなんですか」
「うん。仲が悪いわけではないんだけどさ、…周りがね」
「……?」
「あとは親しくなってから本人に聞きなよ。…ラルフも、家のこと勝手にばらされるの嫌だろうし」
2人がついてきていないことに気付いたラルフが振り返り、何してるんだと問う。ごめんごめん、とベネットが駆けて、その後をフィリップが追う。
ベネットがラルフの隣に立つと、必然的にフィリップは後ろをついていくしかなくなった。土曜日、人で込み合うショッピングセンターでいい年した男が3人横並びで歩いていたら結構邪魔だ。
フィリップが隣に来ないことを確認してから、ラルフはベネットに小声で囁く。
「――お前、あいつに何か言ったか?」
「ううん、別に何も」
「…そっか」
「………ね、ラルフ」
「何…?っ!」
一瞬。想像していたよりもずっと強い力で腕を引かれて横道にそれた。考え事をしていたフィリップがはっと気付いて前を見たときには既に2人の姿は目の前にない。咄嗟に辺りを見回して探したけれど、見当たらなかった。
「しま…っ」
きょろきょろと見回しながら探す。落ち着け。客が多いから見失ったのかもしれない。ひょっとしたら曲がって何処かの店に入ったのかも。――そうは思うが、内心で、ベネットが何かを仕掛けたのだという確信があった。だから焦る。
この辺りで入れそうなのは――…。
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