「へー!そんな面白いことがあったの!おれもその場で見たかったなー。学校サボって損したと思ったのははじめてだ」
「馬鹿言わないでくれよ…」
その日の夜。結局一人で抱えきれずにラルフは同級生で幼馴染のベネットに電話を掛けた。ベネットはラルフからの電話なんて余程の緊急事態に違いない、と直接ラルフの家に押しかけてきた。時刻はもう日付が変わりそうな時間帯だが、ラルフの家族もよく知ったベネットだからと深夜の訪問を特に咎めることもなかった。
「…って、ちょっと待て。いないと思ってたらサボってたのかお前」
「え、あー。うん。サボりっていうか、今日提出期限の書類のこと忘れてたから直接出しに行ってただけ。まあそんな用事は午前中で終わったから、午後はゲームと昼寝だけしてたけど」
「ああ、そっか。お前も進学だっけ」
「うん」
ベネットが来月から通う大学は、隣の市にある国立大学だった。ベネットもラルフほどではないがそれなりに頭はいい。その大学はベネットの実家から通える距離で偏差値的にもそれほど悪くもないが、ラルフは本心、家を出てでももう1,2ランクは上の大学に行ったほうがよかったのでは、と思っていた。実家から通える大学というのはベネットの両親の希望でもあったので、わざわざ口にしたことは無いが。
「でさ、どうするの?」
「どうする、…って」
「オッケーするにしても断るにしても、卒業式までに返事してあげなきゃ可哀想だよ。まさかこのまま会わずに逃げ切るつもりじゃないよね?」
「うっ………」
「それは人としてどうなの、生徒会長サマ?」
「……わ、わかってるけど」
「はっきり言うけど、受ける気がないんなら、すっぱり断っちゃったほうがいいよ。中途半端に扱うのが一番よくない。傷つけるから」
「………………」
それとも、と言いながらベネットがラルフに手を伸ばす。いや、正確にはラルフの後ろにあるクッションに手を伸ばしていた。ベネットは何故かこれがお気に入りで、ラルフの部屋に来るたびに何かと触っている。その割に、そんなに気に入っているのならとラルフが同じものをプレゼントしようとしたら、断わられたわけだが。
「どうしようか悩むくらいにはその後輩クンのこと、すきなの?」
「―――!?」
「あはは、顔赤いよラルフ。いやー。ラルフのこんな顔が見られるなんておれ今日まで生きててよかった!」
「わ、…笑うな!」
クッションを掴んだ手が離れていく。何の変哲も無い、ラルフの髪の色と同じ緑色のクッションを幸せそうに抱き潰しながらベネットは笑った。だがそこは幼馴染。どこまでが許されるラインで、どこからが本気で怒り出すラインか知っている。ラルフの眉間に皺が寄る前に、ベネットは笑うのをやめた。
「…………わからないんだ。あいつのことは、俺………後輩だとしか思ってなかったから。あいつから見た俺もきっと、気難しい先輩でしかないんだろうなって思ってたし。…でもそうじゃないって知って…」
「…………………」
「…昼間のこと思い出すと、確かに顔が熱くなるし、どきどきする。……でもこれって恋愛なのか?って。ほら、吊り橋効果ってあるだろ?」
「ああ、吊り橋の上で出会った男女が恐怖と恋愛感情を摩り替えて認識してしまうってヤツね。あれで恋愛関係になった場合って長続きしないんだっけ」
「……詳しいな」
「へへへ。…つまりさ、確かにどきどきはしたけど、ホントにすきかはわかんないってことでしょ?」
「………ま、そういうことだな…。…っつか、そもそも男同士ってのもあるし」
「え、今更それ気にしてんの。全く話題に出ないからてっきり抵抗ないんだと思ってた」
「いや、俺自身はない。バイセクシャルなのは多分遺伝。…ただなあ。俺は……」
言わんとしていることを理解したらしいベネットが、あーなどと声を出しながら複雑な表情をしている。――ラルフの家系は、代々優秀な医者を輩出している。ラルフの家は分家だから本家長男のように見合いによる強制結婚などは無いが……ラルフも分家の長男なので、いずれは女性と結婚して子供を儲けなければいけない。
「遊んでいられる学生のうちの軽い付き合いと割り切ればそりゃいいんだろうけど。…いつか終わるってわかってるなら、始めたくないっていうか」
「ラルフは堅いなー。というか、重く考えすぎ。普通の男女のカップルだってこの歳から結婚まで考えて付き合ったりしないよ」
「わかってるけど…」
「大事なのはさ、そのときお互いにすきかどうか。合わなかったら、合わないってわかっただけでも収穫だよ。とりあえず、お友達からでデートでもしてみれば?丁度明日土曜日だし」
「………デートね…」
男同士で。なんだか今更この言葉の響きがむさくるしく思えたが、まあ、いい。別に、だめならだめで、単に男友達と遊びに行った、だけで済むのだ。ベネットの言う通り深く考えるのを一旦やめて、フィリップの携帯にメールをした。
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