死んでしまえばいいのに。気付けば俺はそんな言葉を口にしていた。それをどう受け取ったのだろう、テッドは俺のことを静かに睨みつけた。反論の言葉はないらしい。それがイコール反論の意思がないということには、ならないだろうが。
俺はテッドを置いてその場を後にした。向かうのは集会場。そこにはテッド以外の今生き残っている人達が揃っていた。ゴドウィン、キャロライナ、ベネット、派遣されてきた結社員のグロリアも居ることを確認して俺は高らかに宣言した。
「――テッドは人狼だ!」
[くるいびと]
「本当ですか、イアンさん」
最初に俺にそう聞いてきたのはグロリアだった。表情と声から信じているのか疑っているのかは読み取れない。感情を誤魔化すのが上手い女だというのがここ数日彼女を見ていてわかったことだ。俺は真剣な表情を作って頷き、肯定の意を示した。それから他の面々の顔を見る。ゴドウィンとキャロライナは俺を信じてくれているようだ。そして、俺が一番反応を気にしていたベネットは、目を見開いて青ざめていた。
「嘘だ…」
「嘘じゃない、本当だ」
「信じられない、だって」
「…ベネ君はエド君と仲良かったし、信じられないのも無理ないよねぇ…」
キャロライナがうんうんと頷いてベネットを慰めようと手を伸ばす。触るなと言おうとしたがその前にベネット自身がその手を拒んだ。俺は安堵する。キャロライナはベネットを心配そうに見ていたが、諦めたのか俺に視線を戻した。
「それで、肝心のエド君は今どこに?」
「さあ。知らない。此処にいると思ってたんだけど」
すっ呆けた。さっき俺がわざわざ呼びつけて今から人狼として告発すると宣戦布告したことは伏せた。大して仲が良くない上に人狼とわかった相手と一緒にいただなんて知られたら俺の占い結果に疑問を持たれてしまうかもしれない。俺はベネットに話しかけた。
「 ベネット、もうすぐだ 」
「 …何が 」
「 もうすぐ俺たちの勝ちだ 」
俺は力強く言い切ったがベネットの表情は何故か暗かった。嬉しくないのかと訊ねようとしたが、グロリアが邪魔をしてきたので仕方なく引き下がった。グロリアはベネットにテッドのことを聞いていた。グロリアは他所者だからテッドのことをよく知らない。だから話を聞いて判断するつもりなんだろう。そんなことせずにさっさとテッドを処刑してくれればいいのに。そう思っていると扉が開く音がした。テッドが来た。俺は憎悪を篭めて睨みつける。テッドも俺を睨んできた。年下のくせに生意気だ。殺してやる。
「 もうこれであいつに付きまとわれなくなるな。引っ越してきて早々に擦り寄られて迷惑してたんだろう?でももう心配ないからな 」
「 …………… 」
「 ベネット、気に病んでいるのか?気にしなくていいんだよ。あいつが全部悪いんだから 」
俺が仕事に励んでいる間にどこかの村からふらっとやってきて優しいベネットに付け入って挙句には居候まで始めた厚かましい奴。それがテッドだ。俺が久々に休暇を取って村に戻ってきたらベネットの家に我が物顔であいつがいて、それがどんなに腹立たしかったことか。丁度起こった人狼騒ぎは俺にとって幸運だった。ついでにあいつも死んでしまえばいい。占い師として名乗り出てから、一刻も早くあいつを占って人狼判定を出したかったがそれはまとめ役を買って出た今は亡き結社員のルーカスが許さなかった。他所者って時点でテッドは一番怪しいと俺は何度も主張したのに聞き入れてくれなかった。それどころか根拠も無くテッドを疑い続けるなんてと俺に人狼疑惑を吹っかけてきたのだ。冗談じゃない!無能な結社員はさっさと死ねと言い続けていたら人狼は俺の願いを叶えてくれた。ルーカスが死んで、晴れて俺はテッドを占い、人狼だと言うことができたのだ。
「…グロリアさん、僕、テッドが人狼だなんてどうしても思えないんです」
一人思考に耽っていた俺を現実に引き戻したのはベネットの言葉だった。え?どうして?俺のことを信じてくれるんじゃないのか?ベネットが俺を疑うなんてありえない。ベネットは俺の親友で、俺とは小さい頃からなんだって一緒だったはずだ。ベネットの秘密も俺は知っていて、俺も俺の秘密をベネットに明かしている。俺達は運命共同体だろう?
「そう…。なら、イアンさんが偽者ということになりますけど、貴方はイアンさんとも親しいんでしたよね?」
「はい…幼馴染です。……でも、イアンが村を出て行ってから2年ほど会っていませんでしたから………今のイアンを信用できるかは、わかりません」
「ちょ、ちょっと待ってくれベネット!ベネットはたった半年同居していた居候と生まれた時からの幼馴染の俺を比較して俺のほうが信用できないってのか!?」
「………………」
苛立った。どうして。どうして?俺はベネットの味方なのに。ベネットもそれを知ってるはずなのに。俺はベネットのことを誰よりも知ってる。あいつよりも!だから俺はベネットを守るんだ。ベネットに手を出す奴は俺が許さない。俺はこんなにもベネットを思っているのに!…ああ?…ああ!なんだ!そうか!
「
ああ、わかった…ベネットは鈍いんだな。俺の気持ちをはっきり伝えなきゃいけなかったんだ。でもここじゃあちょっと恥ずかしいから全てが終わったら話そう。話したいことがあるんだ
」
「 …話すことなんてないよ 」
「 俺はあるんだ。聞いてほしい。…ベネット?なんで俺にそんなに冷たいんだ?ベネット?…ベネット!? 」
ベネットは俺から完全に視線を逸らしてしまった。その先にいるのは…テッドだ!なんで!なんであんなただの居候を見ているんだ!あいつを殺せば俺たちは勝つんだ!俺はベネットさえ生きていればいいんだ!俺とベネットは二人で生き残って幸せに暮らすんだ、他の誰にも邪魔なんかさせない、ゴドウィンもキャロライナもグロリアも皆邪魔だ!一番邪魔なのはテッドだ!
「なんで……」
「…おい、イアン。さっきから一人で百面相しているがどうした?」
「えっ?…なんでもない!」
ゴドウィンが俺の様子に気付いたらしい。慌てて取り繕う。まずいところを見られてしまった。いくら俺とベネットの話し声が他の人間には聞こえないとはいえ、表情に出してしまったらバレる。その点ベネットは上手かった。俺以外からは表情を見られないように角度を計算していた。流石だと思った。俺が口を閉ざせば、その場にはもう喋る人間はいなかった。
数日前は活発に議論を交わしていたのが嘘のようだ。今は全員が全員疑心暗鬼になって自分の中で推理をして結論を出す。たまにグロリアが思いついた疑問を聞くくらいで、そのグロリアも静かだった。質問が来るかと思っていたが、ないまま投票の時間がやってきた。
「 テッドを処刑しよう。それからグロリアとゴドウィンとキャロライナを殺しておしまいにしよう 」
俺はベネットにそう言ったけれどベネットは答えてくれなかった。もしかして怒らせてしまったのだろうか。ベネットは優しいからあの男が目の前で処刑されるのは耐えられないのかもしれない。……ああ、なんてこった!昼間宣戦布告なんかせずにその場で殺しておけばよかったんだ!俺は後悔した。あんな奴の死に逝く姿なんてベネットに見せるべきじゃなかったんだ。失敗した。戻れるなら昼に戻ってやり直したい!
そして票が開けられた。結果は俺が思っていたものとは大分違っていた。グロリアも少しだけ意外そうにそれを見ていた。処刑されたのはゴドウィンだった。
「イアンさんを偽者、と判断した方が多かったということでしょうか」
「それもあるけど、それ以上にゴド爺本人が怪しかったんだよ。今って確か人狼2人生きている可能性もあるんだよね?」
「ええ、可能性は限られますが一応は」
俺は人狼が1人しかいないことを知っている。と、言うよりも最初からこの村には人狼は1人しかいなかったのだ。だって、ベネット以外の話し声なんて聞こえないし、ベネットが俺以外の誰かに話しかけている様子もなかったのだから。ゴドウィン処刑は予想外だったけれど、これで明日は確実にテッド処刑になる。そうすれば今度こそ本当に終わりだ!俺はベネットに明日が楽しみだと言い残して家に帰った。
「…あれ?」
ベッドに潜り込んでから俺はちょっとした違和感に気づいた。ゴドウィンに投票したのはキャロライナとベネットとテッドだった。偶然だろうか。いやしかし…。もしかしてテッドにゴドウィンに投票するよう唆されたのか?その可能性はあるかもしれない。ゴドウィンを処刑してもベネットには痛くも痒くもない。テッドを処刑してくれないのは悲しかったが、きっと立場というものもあるのだろう。疑われないために流れに乗ったのだろう。そう思った。そう思わないとやっていられなかった。眠りに落ちる直前、戸をノックする音がした。
「 僕だよ、開けてくれるかな? 」
ベネットだ!俺は飛び起きて戸を開けた。そこにいたのはいつものエプロン姿の彼ではなく本来の姿の彼だった。そういえば初めて見た気がする。こんなに美しい銀の狼だったのか。見れて嬉しいと思うと同時に気付いた。
「
ベネット、その姿で此処まで来たのか?流石にこんな夜中に起きてる奴はいないだろうし、その姿を見てベネットだってわかる奴もいないだろうけど一応気をつけたほうが 」
「 もうそんな必要もないよ。僕達は勝ったんだ 」
え?と俺が首を傾げたのと彼の牙が俺を貫いたのはほぼ同時だった。押し倒されて背と後頭部に激痛が走る。前足で俺は押さえつけられていた。俺はただただ彼に見下ろされたまま困惑していた。
「 え…?なんで?どうして俺を食べるんだ?冗談だろ? 」
「 …………まだ解ってないんだね、イアン 」
「
…あ、もしかしてテッド人狼判定に真実味を持たせるためか?でも、俺を生かして確実に2票にしたほうが…っぐ!? 」
意味がわからない。どうして?俺は人狼の言葉を解する狂人で、彼は人狼だ。正確には智狼という類のものらしい。わからない。わからない。縋るように彼を見ると、その向こうに誰かいるのが見えた。
「イアン、もう終わりだ」
声を聞いてわかった。テッドだ。何故ここに?という疑問が浮かんで、すぐに理解した。ベネットは俺よりもあいつを選んだんだ。それだけのことだ。…どうして?俺はベネットを見た。ベネットは静かに俺を見下ろしていた。冷たい視線だった。
「 イアンは殺したくなかったんだけど、テッドを傷つけるならたとえイアンでも僕は容赦しないよ 」
「
…どうしてだ?あいつはただの人間じゃないか!俺ともベネットとも話せない!ただの人間じゃないか!!なのにどうして庇うんだ?あんな奴! 」
「
イアンはただの人間だよ、僕達とは違う 」
ベネットがあいつを振り返った。あいつはひとつ頷くと、黒い狼に姿を変えた。呆然とする俺に、あいつは話しかけてきた。人の言葉でだ。
「俺は、狼の言葉は話せないし聞けない。だけど狼だ」
「…は?なんだよそれ、意味わかんねぇ」
「……狼の言葉が話せる人間も、俺からすれば意味わかんねぇよ」
「…テッドは黙狼という種類の人狼だ。僕の仲間だよ」
「………!? そんな、どうして俺に教えて…くれなかっ…」
「ごめんねイアン」
ああ、――ああ。俺はこんなにもベネットに尽くしたつもりだったのに。最初からそれは無意味だったのか。最初からベネットは俺なんか見ていなかったのか。どうして。どうしてそんな。俺のほうが、ずっと。
「俺達は2人揃って生き残る必要があったんだ」
「そのためにはイアンですら、…邪魔だった。ごめんね」
目を、閉じたくないのに。瞼が重くて。――嫌だ。俺の血を舐めたその唇で、あいつとキスなんてしないでくれ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだいやだいや――。
ぱち、ぱち。
夜の闇に手を叩く音が響く。だが、仲睦まじい恋人達はその音に気付くこともないだろう。
「なるほどなるほど――イア君の正体が最後までわからなかったのだけど、囁き狂人だったんだね。…可哀想なことしちゃったかなあ。でもこのタイミングでイア君が村に帰ってくるなんて予想外だったんだもん」
人参色のポニーテールを揺らしながら、残った女は木の枝の上で立ち上がった。自分の使命は果たした。さて、次はどの村で恋を成就させようか。
そんな風に思いながら、恋を司る天使は夜の闇へと姿を消したのだった。
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