[Reincarnation]

「…おい、ライヒ」

コンコン、と形だけのノックをし、教会の奥の扉を開く。
そこには、机に向かって読書をするライヒアルトの姿があった。
背を向けているため、表情は見えない。
一歩一歩、その背に近づく。

「いつまでこんなこと続ける気だ?」
「いつまで…って?」

頁を捲る手は止めないまま、ライヒアルトが答える。

「シスターナターリエは死んだ。クレメンス神父も死んだ。お前ら"死んだヤツが視える者"は、もうお前しか生き残ってない」
「それで?」
「それで、って…。このままだと、今日はお前が処刑されるかもしれないんだぞ!?」
「それを僕にどうしろと言うんだ。本音はユリアン…、君だって僕を殺したいと思っている癖に」
「っ…!?」

初めて、ライヒアルトが振り返った。冷め切った瞳をユリアンに向ける。

「占い師。君が何者かはもう、僕にもわかっているんだ。"視える"からね」
「ライヒ…」
「本物か見習いかまでは、わからないけど」

ライヒアルトが視線を落とすのは、古い古い歴史の本。
かつて、村人と占い師と霊能者が手と手を取り合い人狼を退治したという――今の状況からはとても考えにくい、過去の話。

「人狼はもう全て死んだ。僕はそれを知っている」
「…なら、それを皆に訴えて…!これ以上、殺しあう必要なんてないじゃないか!」
「本当にそう思うの?お人好しだね、君は」

溜息。今度は身体ごとユリアンに振り返った。

「元々人狼なんかいなくたって常日頃から争いが絶えない村だったじゃないか。今回の人狼騒ぎだって、表向きは皆で人狼を退治しようと言いながら、裏でこそこそ話し合って――君もそうだろう。ユリアン」
「違っ、俺は!」
「…………」
「俺は…思ってたよ。なんで生まれ持った力が違うからって対立するんだって。なんで、昔は協力してたのに今はこんな風になっちまったんだって…」
「知らないよ。"どうしてこうなったのか"なんてことを嘆く時間はもう過ぎた。今は、これからこの村で生き残るのが誰かという話だ」

本を閉じてライヒアルトが立ち上がる。

「時間だ、僕は行くよ」
「っ、おい!ライヒ!!」
「――ユリアン、今君がすべきだったのはこれ以上の処刑を止めることじゃなく僕に票合わせを頼み込むことだったね」
「待て、ライヒ、聞いてくれ!俺は――!」

ライヒアルトの腕を掴もうと、手を伸ばす。
だが、ライヒアルトが去るのはそれより早く。手は、届かなかった。

「俺はっ、ただ皆と――お前と一緒にこれからも、この村で暮らしていきたいだけなんだ!」

バタン、と重い扉が閉まり。ユリアンは独り部屋に取り残される。

「…ライヒ……」

届かなかった。
もう1人生き残っている見習い占い師は話を聞いてくれなかった。
敵ではあるけれど、ライヒアルトなら――幼馴染の彼なら聞いてくれると思っていたのに。


「なあ…俺…甘かったのかな…?……お前にだけは…わかってもらいたかったのに…」

どうして人間同士、かつては手を組んだ村人と占い師、そして霊能者が争わなければいけないのか。
どうして狼が死んだ今も誰かを処刑し続けなければいけないのか。
こんな争いは、馬鹿げていると――ライヒアルトなら、わかってくれると思っていたのに。




――そして、処刑の時刻を知らせる鐘が鳴る。

行きたくはないが、見なくてはいけない。ユリアンは重い扉を開けて教会を出た。



「遅いわよ。何処に行っていたの」
「…ブリジット」
『……貴方の票は私が代わりに入れておいたわ。ハンスに、村人陣営で2票。ハンスとヴィリーがこちらの正体に気づいていたら、もう負けは確定したようなものだけど』

冷めた表情でブリジットがそう――占い師にしか聞こえない念話で伝える。

『……ライヒアルトがどう動くかよね』

その言葉に、ユリアンはライヒアルトのほうを見た。
ライヒアルトは誰も見ていなかった。ただ、処刑台をどこか焦点の合わない瞳で見つめていた。

その間にも投票箱が開かれる。そして、その中身が淡々と告げられた。

「ユリアンが2票、ハンスが3票。よって今日の処刑はハンスだ」


「…な…!?」

それに慌てたのはハンスだ。
今日は――村人陣営が票を結託して、ユリアンを処刑するはずだったのに。
「3票……ライヒアルト、お前っ!」
「ライヒ…?」

ユリアンとハンスがほぼ同時にライヒアルトを呼ぶ。
ライヒアルトは全員を振り返ると、ただ、一言。

「多数決だから。早く死になよハンス。…僕が"視て"あげるから」

そう、告げた。





『――くっ、そういうことね』
『ブリジット?』

ブリジットが舌打ちする。
ユリアンがそれを問い直すと、ブリジットは静かに答えた。

『明日は、ライヒアルトはヴィリーに…村人側につくわ。そして、私達占のどちらかを処刑する。その次は私達について、ヴィリーを処刑。最後、私達のどちらかと殴り合いを狙ってるんだわ。これならライヒアルトは5割の確率で生き残る』
『………!』
『ふん、1人になっても勝ちを諦めてはいないってことね…』
『ライヒ…』
『ユリアン、1つ問題よ。今日私達は村人のヴィリーと、霊能者のライヒアルト、どちらを処刑するのが賢いと思う?』
『えっ……ヴィリー、か?』
『頭悪いわねあなた。答えは"どちらでもいい"よ。ヴィリーとライヒアルトが手を組んだら私達のどちらかは必ず処刑される。…だから、今日の私達の投票は無意味。万一ヴィリーとライヒアルトが手を組まず、2人のどちらかが処刑されるなら私達の勝利が確定』
『………ああ』
『だから、今日は任せたわ。好きなほうに投票してちょうだい』

ひら、と投票用紙が渡される。
それを見て、ユリアンは頭を抱えた。


「俺は…」

ヴィリーと、ライヒアルト。その2人を見る。

「…やっぱり、お前の名前は書けないよ、ライヒ…!」

ヴィリーの名前を、2枚重ねた紙に書き記す。
その時一瞬だけ、ライヒアルトがユリアンを見たが――ユリアンがそれに気づくことはなかった。





そして、冷たい沈黙に包まれたまま、夜。
3人の票を投じられ、処刑されたのは――…。



ヴィリーだった。


「……決着がついたわね」

ブリジットがどこか高揚した様子で呟く。

「ライヒアルトのお馬鹿さん。ヴィリーと手を組めばまだ生き残れたのに」
「―――」
「…ライヒ」
「……さっさと終わらせよう。この村は占い師が支配して、終わる」

投票ももう不要だよな、そう短く呟いて、ライヒアルトは自ら処刑台に上る。

「待ってくれ、ライヒ、どうして――!」
「――…ユリアン」


ライヒアルトが何かを言いたそうに口を開く。だが、すぐに閉じた。
代わりに何かを考えて、そして口にする。


「僕らが争わないで済む道なんて、なかったんだよ」


ライヒアルトはそれだけを言うと、幾人もの命を奪い去った縄に首をかけ、そして、踏み台を一気に蹴飛ばした。





『――僕だって、君の名前を書くことなんかできなかったんだ。

だからさよなら。…君は、生きるといい』


墓の下にいる、二人の同胞にしか聞こえない声で、呟く。



薄れる意識の中最後に聞こえたのは、ライヒ――という悲痛な叫びだった。





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