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    この話は、人狼議事RP Advance 17村【月の姫を呼ぶ声】の設定を基にしています。
    ご存じない方向けに簡単にネタバレ込みで補足しますと、(以下反転)

    ・昔話の「かぐや姫(竹取物語)」のパロディ村です
    ・実際の物語は終盤で月からの従者がやってきてかぐや姫を月へと連れ帰ってしまいますが、この村では「姫を月へと返したくない翁側(村人側)」と「姫を連れ帰りたい月の従者側(狼側)」に分かれて争います
    ・この物語の主人公の男(作中で宗治と呼ばれる)は、雨宮という庭師に育てられた男で、その正体は月から来た姫の従者です
    ・宗治などの月の民は地上のことを「穢れた場所」であると考え、そこに住む人間たちも「穢れた民」と毛嫌いしています
    ・特に月の民は「血」「争い」「負の感情」「死」などのものを忌み嫌っています


    ……最低限これだけ知っていればぎりぎり読めるのではないかな…と思います。
    ただやっぱり説明が難しい部分もありますので、もしお暇があれば企画村ページを読んで概要を掴んでいただくor実際に村を(赤ログ等も含めて)読んでいただければより理解していただけるかなと思います。


    それでは、以下より本編です。お楽しみいただけたら幸いです。
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この世界は穢れている。
少し耳を澄ませば喧嘩の音が聞こえ、鼻を啜れば血の匂いがする。
性根の腐った人間は他人の財や命を奪うことを厭わず、人の良さそうな女も夜にはただの娼婦と化す。
何もかもが私のかつていたところと違っていて、吐き気がする。


「…………」


この世界は穢れている。

だけど。
この穢れた世界の中で貴方のような人に出会えたことを、私は感謝している。



[朔月]



「兄さん、兄さん」

都の少し古ぼけた門を出たところで、人力車を引いた初老の男に声を掛けられた。

「見たところ何かお悩みで」
「…いえ。特には」
「いやいやあっしには困ってるように見えましたよ。そう…たとえば話し相手が欲しいみたいな」

ししっ、と男が笑う。
そんなことはないと言い返そうとして一瞬"彼"の顔が過ぎった。
そのせいで頃合を失い、男の調子に乗せられてしまう。

「ほら図星じゃないですか。兄さん、無表情でも結構わかりやすいねえ」
「………」
「おろろ、怒らないでくださいよ。なんか悩みがあるなら移動がてら聞きやしょうか?その格好から察するにこれからどっか行くんでしょう?」
「…………」
「乗ってきやせんか?歩くよりは楽ですし、寂しくもない」
「……………」

負けた、と感じた。
その気になれば無視するなりなんなりできるだろうが、そんな気力もない。

「…少し急いでいます。遅いようなら直ぐにでも降りますからね」
「おおう、任しときな!ししっ」


行き先を告げて車に乗ると、男は見た目よりも強い力で車を引き始めた。


「…で、兄さんのお悩みはなんだい?女の子かい?」
「………悩みではないです」
「おやあ?」
「もう、過ぎたことですから…。少し昔を思い返していただけです」
「ほうほう。よかったら聞かしてくれねぇかい?なあに、あっしとて商売人。兄さんの秘密を誰かに喋ったりはしやせんよ」
「……………」


何故この見知らぬ男に自分のことを語ろうだなんて気分になったのだろうか。
……きっと、今日が彼の一周忌だからだろう。
忌まわしい日だから気分が滅入っていて、救いを欲しているに違いないのだ。

それを、赤の他人に求めるのは間違っている気がするが。


「……長くなりますが」
「おう、構わんよ。こっから目的地も随分遠いしねぇ」
「――私は十年前、ここから遥か遠い場所から都に来ました」






――――――………。




――…ここが都か。それにしてはみすぼらしい…。
"あちら"の都とは比べものにならないな。汚すぎる。

「ちょっ、そこの坊主邪魔だどけっ!!」
「え?」


びゅん、と目の前を何かが掠めていく。
それが人の足だということに気づくのに数秒かかった。

「てめぇ虎千代!!今日こそぶっ殺してやる!」
「へんっ、やれるもんならやってみろよこの三流武士!」
「て…てめぇ!!」


大通りだというのに喧嘩が始まった。
…まったく、地上の人間は野蛮だとは聞いていたが…来て早々こんなものを目にすることになるとは。
しかも周りの人間も止めるどころか囃し立てているだなんて…。

ろくな世界じゃないな、ここは。


「おい、おいっ!」

はあ、と溜息を吐いたとき、突然後ろから腕を掴まれた。

「な、何を!?」
「見物するにしたってもっと離れろ!巻き込まれるぞ!」





そう言って私を喧騒から連れ出した男。
……それが、"彼"だった。




「……私は行き場もなかったので、そのまま成り行きで彼に引き取られることになりました」
「へえぇ。いい兄ちゃんだねえ」
「ええ。いい人でした。…馬鹿がつくくらい正直で、人に優しくて……そのせいでよく騙されたりしてて…。…だから、生活はいつも貧乏でしたよ」





………不味い。

「こんなものを食べるくらいなら霞でも食べてたほうが少しは良い気がします」
「馬鹿言え。食わんと死ぬだろ」
「……………」


…姫様の為にも、ここで死ぬのは拙い。
ぐっと我慢して粟と稗が大半を占めるご飯を口の中に押し込んだ。

「しかしこれが食べれないくらい不味いって…お前結構いいとこの出なんじゃないのか?初めて見たときもすんげぇさらさらの髪してたし…」
「…………」
「…っと、お前が何処から来たかは話さない約束だったよな。悪い」




――言うことは禁じられているし、言ったとしても信じて貰えないだろう。
…いや、今思えば彼ならば信じてくれたかもしれない。
それくらい彼は正直で、人を疑うことを知らない人間だったから。




「へぇえ。兄さん、人に言えないようなところから来たって…ひょっとして帝様の隠し子とかそんなんかい?」
「違いますよ」
「ししっ、そうだよねえ。今の帝様は月のお姫様に夢中だしねえ」
「…………」
「それで、そのお兄さんはどうしたんだい?」







――彼の本職は庭師であり、その技術も高かった。
だけど元々の性格が災いしてか、あまり自らの名をおおっぴらに売ることもなかったし、お偉いさんに必要以上に媚びることもしなかったため、仕事も少なく、貧乏生活は長く続いていた。
だが、ある日のこと。

「――じ、…宗治!」
「……なんですか、こんな朝から…?」
「やったぞ、俺…お姫様のお屋敷の庭造りを任されることになったぞ!」


「……え…?」

都から少し離れたところにある小さな村。
そこには一人の男と、齢十四、五になろうかという若い娘が住んでいた。
男は元々どこにでもいる平凡な武士だったが、ある日、赤子だった娘を拾って育て始めて以来富と幸福が舞い込んでくるようになり、今は大きな屋敷を構え、村の全てを治めるまでになっていた。

その娘の肌は透き通るように白く、纏う雰囲気は神秘的で、見る者全てを虜にしたという。
そうして誰が呼び始めたのかは知らないが、いつの間にやらこう呼ばれるようになっていた。


――月から舞い降りた姫、と。


「この間万代さんって商人さんの庭を造ったんだけどな、その人が『今丁度姫様の屋敷が庭師を欲しがってるから雨宮さん行かないか』って誘ってくれたんだ」
「…なるほど。……これも何かの因果でしょうか」
「ん?…って、暗いな。もうちょっと喜べよ宗治!」
「……姫様のお屋敷の庭を作った人として、有名になることをですか?」



「違う違う!これで、お前にもうちょっといい飯を食わせてやれるってことだよ!」
「……………」



私の食事よりも、もっと先にすべきことがあるでしょう。
たとえば新しい着物を誂えるとか。
その商人さんに礼を渡して、更に他の仕事も紹介してもらえるように頼むとか。

そんな私の気も知らずに、彼はにっこり笑って私の頭を撫でた。

「………暫く、都にお前一人になるけど、大丈夫だよな?」
「私のことなら心配要りません。…頑張ってきてください」
「ああ、勿論だ」








「――そうして、彼はあの村に旅立って行きました」
「へえ、なるほどねえ。…あのお屋敷の庭を手がけたってんなら、さぞすげぇ庭師なんだろうなあ。お金もがっぽり入るだろうし」
「はは…そうですね。その後の暮らしは多少楽になりました」
「そういや、兄さんもお姫様に会いに行くのかい?行き先、その村だろう?」
「ええ。ちょっと用がありまして」
「へえぇ。噂じゃお姫様の父親がとっても厳しくて、不埒な野郎は全部切って捨てるって話ですが…兄さんは切られたりしないかい?」
「いえ、仕事ですから」
「ありゃあ、つまらんなぁ」

男はししっと笑って私を振り返った。
急いでください、と返すとすぐにまた前を向いて車を引き始めたが。

「……それで、数ヶ月して屋敷から戻ってきたのですが、彼もやっぱり…姫様を好きになってしまいまして」
「はっは、まあ男なら誰でもその美しさに虜になるって言うからねえ」
「ええ、それでも他の輩に比べたら大人しかったです。身分の差をちゃんと理解し、恋文などは送ることもなく、ひっそりと都から姫様の幸福と成長を願っていましたよ」





――その時ほど、人間、いや、彼が理解できなかった時はない。
傍から見て呆れてしまうくらいに、姫様のことが好きなのに、会いに行くどころか文も書かず、ただただ神に姫様の幸福を祈っていた。


「……………」


余りにも理解できなくて、訊ねたことがある。
"ひょっとして姫様を好きになったことを後悔しているのか"と。

「いや、後悔なんてしてないさ」
「……そんなに毎日溜息ばかり吐いて、苦しそうなのに?」
「苦しくはないさ。あのお方があんまり美しいものだから、思い返すだけで溜息が出るだけだ」
「………そんなことをして、楽しいですか?」
「え?」


――私は、彼と長く共に在り過ぎた。
そう気づいた時には、もう遅かったのだ。


「人間は、愛した相手と一緒にいたいと思うものなのでしょう?それが幸せというものなんでしょう?」
「…宗…治?」
「それが叶わなければ不幸せなのでしょう?そういうときは、泣いたり、悔しがったり、苦しんだり、妬んだりするものじゃないのですか?それなのに貴方は、どうして……!」




人間なんて、穢れた世界の穢れた住人でしかない。

「…宗治、俺はな。姫様が幸せならそれでいいんだ」

そんな取るに足らない存在が失恋しようと不幸だろうと、どうでもいいことだ。

「俺はただのしがない庭師だ。顔も並程度だし、第一、姫様とは十五も歳が離れている」

勿論、目の前にいるこの男だって……。

「………姫様には俺以上に似合いの男が現れるはずさ。だから、いいんだ」



どうでもいいはずなのに。





「…だから、お前がそんな顔するな」


「…………っ…」


この胸を突き刺すような痛みは何だろう。
この頭を撫でる手が温かいのは何故だろう。

何故、私は。
彼に"幸せになってほしい"と思っているのだろう…。





「――――――………」
「…あのー…兄さん?」

男の声が物思いに耽っていた私を現在に呼び戻した。

「あ、…すいません。なんですか?」
「いやあ、急に黙り込んじゃったからどうしたのかなあと」
「いえ…ちょっと色々思い出してしまって」
「おやあ、なるほどねえ。…ま、深くは詮索しないでおきやしょう」

ところで、と男が付け加える。

「お兄さんは今はどうしてるんで?めんこい嫁でも見つけましたかい?」
「……………」
「それともまだお姫様のことをお慕いかい?」


「………」






―――――……。


姫様の屋敷の庭は、それはそれは見事なものになったらしい。
彼の評判も上がって仕事も増え、いつの間にやら都の中でも有名な庭師となっていた。

当然収入も増え、生活も多少良くなった。
だが道行く乞食たちに飯を渡したり、困窮する友人に金を工面するなどしていたので決して金が溜まることはなかった。


「……本当に馬鹿ですね」
「いいじゃないか、それで誰かが助かるならさ」



彼は優しかった。誰にでも、どんなときも。
私は彼のような人間は、人間の間でもきっと親しまれるのだろうと思っていた。




だけど、そうではなかったのだ。



「―――…え?」


今でもはっきりと覚えている。
よく晴れた秋の日のことだった。
いつものように仕事に出かけていった彼は――…。



「…うそ、でしょ…う?」


冷たい遺体になって帰ってきた。


「………くっ…」

我々月の民が最も嫌う"死"の穢れ。
油断すれば気を失ってしまいそうなほどに強烈なそれを堪えて彼の顔に掛けられた白い布をそっと除けた。

「――――!!」



「…本当にかわいそうになあ」
「高枝を切っている最中に梯子から足を滑らせたんだ」
「打ち所が悪くてなあ…すぐに医者を呼んだんだが」



彼の仕事仲間が口々に"彼の最期"の様子を告げる。
だけど、私にはそれが嘘だとすぐにわかった。


木から落ちただけで何故頬や目の上にまで痣ができる?
手首にはくっきりと草履の跡も残っているし、腹にも不自然に青く変色したところがあった。
彼が持っていたはずの財布もない。


第一、こんなに晴れている日に熟練の庭師の彼が足を滑らせる?

ありえないことだ。



「……ところで、あんたはずっとそいつと一緒に暮らしてたんだよな?」
「………?」
「実は俺あいつに金貸しててさ…。だけど…逝っちまっただろ。だからさ、あんた今から持ってきてくれよ。どこに金があるかくらい知ってるんだろ?」
「ああ、俺もだ。ついでに、医者代も俺が立て替えたから払ってくれ」
「俺も」





―――ああ、どうして。


どうしてこんな奴らに、貴方は殺されなくてはいけなかったのですか。






「――任務遂行の邪魔をする人間は排除してよしとの命」

「…あ?何か言ったか?」


「…清らなる力をこのようなことに使うことを…お許しください、姫様」

目を閉じ掌に意識を集中させる。
月に居た頃は決して使わなかった――地上に来てからも初めて使う、特別な力。

「……お、おいありゃなんだ?部屋ん中なのに…鬼火か!?」
「いや……ありゃ焔というよりは…」



掌の上にぼうっとした白い光が集まってくる。

「――月の」

「………っ、うわああああああ!?」


手を男達に向けて翳す。
光は男達を飲み込むように拡がり、その肉体を全て焼き尽くした。


「…っ!…はあ……はっ…」


体力を一気に使い果たし、その場に座り込んだ。

威力の調整ができなかったらしい。
男達の背後にあった壁にまで焦げ跡を残してしまった。


「……ああ…」

ずる、と重い身体を引き摺って彼の元に戻る。
火傷しそうなほど熱い手で、冷たくなった彼の頬に触れた。
そんなことをしたって彼の身体に熱が戻ることなどないのに。


「…っ……ああああああっ!!」











…………苦しい。

こんなもの、月にはなかった。

………悲しい。

こんなものも、なかった。

……つらい。



…愛しい。






「…………あに、うえ……兄上……っ!」


どれもこれも、知る必要のなかった感情だった。
知らなければ……こんなに心乱されることもなかったのに。


















「……………」
「……あのぅ…?」
「………死にました、事故で」
「…ありゃあ…それは、申し訳ないことを聞いたね…」


…私は、一人の人間と共に在り過ぎた。
地上の穢れを知ってしまった。


「……この仕事が終わったら、元いた処に帰る予定です」
「およ、そうなんですかぃ」
「…ええ……早く帰って………ゆっくり休んで…」


――――この苦しさを、忘れてしまいたい。




たとえ、地上の記憶が全て消えて、彼のことを忘れてしまうとしても。
別離の悲しみは、私には……重過ぎるから。

「…………」

………姫様は、今頃どうされているだろうか。
このような痛みや苦しみに触れることなく、日々を平穏にお過ごしだろうか。

そうであってほしい。
姫様がこのような痛みを知る必要などないのだから。






「…っと」
「…?」
「参ったなあ、この間の雨のせいか」


車が止まったので道に目を落とすと、道全体の土がぬかるんで粘土状になっていた。

「うーん…行けないことはないが……ひょっとしたら車輪がどっかではまっちまうかもなあ…。…すまないねえ、兄さん。こっから先は歩いてもらえんかねえ。村はもうすぐそこまで見えてるから」
「あ、ええ。ここまで来ればもう大丈夫です。ありがとうございました」
「ん、気をつけるんだよ。お姫様や村の皆によろしくな」


代金を手渡すと、毎度あり、と男は笑って、来た道を引き返していった。


「……………」


一歩踏み出すと、ほんの少しだけ足が地面にめり込むような感覚があった。
だが歩けないことはない。

そのまま二歩、三歩と歩き出した。









































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    いかがでしたでしょうか。
   
    村の中では描写できなかった朔と兄との関係を少しでも補完できたかな…と思います。
    (ただ、物語として纏めるに当たり若干元村と変更したところもあります。たとえば兄の死因ですね。元村では病死ということになってますが、ここでは金目当ての仲間に暴行されたことになっています)
    こういう背景があったから>>4:87>>4:94>>4:*29の発言が出てきたり、時々人間くささが見え隠れしたりしたんだと考えていただけると………。
    …すいません後者は単に私のRP力のなさが原因です。

    本当はもう少し月での生活とか語りたいこともあったのですが、上手くまとまらなかったので割愛しました。
    その辺りの話は、後日また別の所でしようかなと思っています。多分はてなダイアリー辺りで…。

    それでは、お付き合いくださりありがとうございました。
*/





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