僕の好きな人は、優しい。

「オスカー君、おはようございます。何か飲みますか?」

(こうやって毎日、僕のリクエストを聞いてくれる)



僕の好きな人は、僕をこども扱いする。

「私と同じもの……コーヒーですか?飲めないでしょう?…代わりにココア、作ってきますね」

(確かにまだちょっと苦手だけど、もう僕も高校生なんだよ)



僕の好きな人は、ちょっと鈍い。

「………オスカー君?ココアできましたよー…どうしたんですか?…そんなにコーヒーが飲みたかったんですか?」

(違うよ。…ラルフと同じものが飲みたかっただけ)



僕の好きな人は、本当に、僕のことが好きなの?

「ええ、私もオスカー君のこと大好きですよ」

(今まで、キスしかしてくれたことないのに。しかも、大体僕からだよね?)






[僕の好きな人は、]






「オスカー君!」
学校帰り、廊下でちょっと高めの声で呼び止められた。
「あのっ、わたし、オスカー君の隣のクラスのメアリーっていいます。えっと……これ!読んでください!!」
押しつけるように何かを渡され、そのままメアリーと名乗ったツインテールの女の子は走り去っていった。
「…………」
薄桃色の封筒に、花のスタンプ。メアリーと、流れるような綺麗な文字で署名がされていた。
ラブレターだというのは、開けなくてもわかる。
「困ったなあ……」
僕は、その手紙を鞄の中に仕舞って学校を出た。


……3年前、僕の住んでいた村で人狼騒ぎがあった。
そのときに色々あって、親くらいに歳が離れたラルフと恋人になった。
それから僕たちは別の村に引っ越して、二人一緒に暮らしている。



「ただいまー」

いつも僕が帰ってくる時間には、ラルフは仕事で家にいない。
テーブルの上に置かれたラルフの手作りクッキー(こういうところマメだなって思う)を食べながら、僕はさっき貰った手紙を読み始めた。
――親愛なるオスカー様。
そんな堅苦しい出だしで始まった手紙は、やっぱり真面目だった。
入学した時から僕のことがずっと気になっていたこと。
僕のこういうところが好きだ、ああいうところがかっこいいなんて褒め文句。
最後に、彼女の簡単な自己紹介があり。
お友達からでもいいので、私と仲良くしてください。としめられていた。

「――はー…」

どうやって断ろうかなあ…。
繊細そうな子だったから、あんまりはっきり言っちゃうと泣いちゃうかも…。

「おや、ラブレターですか?」
「!?」

目を閉じて考えを巡らせていたら、突然後ろから声を掛けられる。
慌てて手紙を隠して振り向くと、いつもの微笑を浮かべたラルフが立っていた。

「え、い、いつの間に帰ってたの!?」
「ええ、ついさっき。…ちゃんとただいまって言いましたよ」
「聞いてな……って、あれ?まだ仕事中じゃ…」
「今日は少し早く上がれたんです。上司が気を利かせてくれて」
「そ…そうだったんだ」

ラルフの手には買い物袋があった。
それをどさりとテーブルの上に置いて、中身を棚に仕分けしていく。
僕に背中を向けたまま、ラルフが話しかけてきた。

「今日の夕食は、チーズハンバーグでいいですか?」
「…うん」
「………それにしても、オスカー君はもてますね。羨ましいです」
「もてるってほどじゃないよ…」
「そうですか?中学の頃から何通もラブレターとか貰ってたじゃないですか」
「えっ…なんで知って…」
「貴方の部屋の掃除をしているのは、誰だと思っているんですか?」


ベッドの下に隠すなんてベタすぎますよ。
そう笑い混じりの声でラルフは返してくる。

……なんだろう。
胸の辺りがもやもやする。


「今度は、どんな子からですか?」
「…おとなしそうな…茶髪の…ツインテールの子だった。隣のクラスの…」
「へえ…可愛かったですか?」
「………うん」
「よかったじゃないですか」
「え?」


よかったって、どうして?
僕にはもうラルフがいるのに。
ラルフは、僕のこと――…。

「……うん、すっごく可愛い子だった!付き合ってみても、いいかなー!」


………ラルフは本当に。
僕のこと、恋人だと思ってくれてる?

「そうですか…」

ねえ、嫌だって言ってよ。
僕のこと叱ってよ。
僕にわがまま言ってよ。


ねえ。



「……家に呼ぶときは、言ってくださいね。お菓子とか用意しておきますから」
「………っ…!ラルフの馬鹿!!」


なんで、どうして。

リビングから逃げ出して自分の部屋に駆け込む。
鞄ごとベッドに沈むと、じわっと涙が溢れてきた。


ラルフにとって、僕は何なんだろう。
恋人?家族?弟?子供?
わからないよ。


「…僕があの子と付き合ってもいいんだ……ラルフの馬鹿ぁ……」


ぐすぐすと、涙が流れてくるのに任せて、暫く泣いていた。




――ふと目を開けると、窓の外はすっかり暗くなっていて、泣きながら寝ていたんだということに気づく。
目元をごしごしと拭って、気まずいなと思いながら部屋を出た。
顔を合わせたら、なんて言おう。
馬鹿って言っちゃったから、謝らないと…。


「…………ラル…フ…?」


リビングの明かりは消えていた。
ぱちん、と紐を引っ張るとテーブルの上に虫除けカバーが見えた。
どけると、僕一人分の食事だけがあった。


「………怒らせちゃった…のかな」

温めなおすのも億劫で、そのまま席について冷めたハンバーグを口に運ぶ。
チーズが変に固まってて、あまり美味しくなかった。


「…でも、元はと言えばラルフが……」



顔を上げる。
いつもなら向かいで微笑んでくれるはずの人が今日はいなくて、それだけでまた泣きそうになった。




次の日の朝は、一緒に朝食を食べた。
眠れなくて水を飲もうとリビングに来た僕と、朝食の準備をしているラルフが丁度鉢合わせたから。


今日は、やたら早いけどどうして?
――僕を避けようとしたの?

聞きたいけど、聞けない。怖くて。


パンを齧っている間、お互いに一言も喋らなかった。
何か言わなきゃと思っても、うまく言葉にならない。
ラルフも何も言わなかったし、それどころか僕と視線を合わせようともしなかった。
先に食べ終わったラルフが、たった二言。

食器の後片付けお願いします。
いってきます。


それだけ言って、出かけていった。


「…………」

コンコン…。

…あんなにそっけないラルフ、初めて見た。
やっぱり、怒らせちゃったんだ。
でも……でも僕だって怒ってるんだよ。
ラルフが僕のこと、何とも思ってないみたいな言い方するから…。



……………コンコンコンコンコン…。


「……………っ」

コンコンコンコンコンコンコンコン…。


「――うるさいっ!!人が真剣に悩んでるのに!!こんな朝から何の用だよフィリップ!!」
「おいっちょ!…気づいてたならもっとさっさと出てくれれば俺っちだってこんな長々と窓を叩いたりしなかったんだぜ」


リビングの窓を乱暴に開くと、真っ赤な鳥を肩に乗せたフィリップが居た。


「用があるなら玄関に回ってよ。あと、ラルフはもう出かけたよ」
「面倒だったんだぜ。んで、今日はオスカーに用があるんだぜ」
「僕に?」
「そ。お届けものなんだぜ」

はい、と渡されたのは小さな箱。

「ホントは昨夜届ける予定だったんだけど、昨日ウェーズリーのおっさんが倒れちまったから、今朝から代理で俺っちとノックスが配達してるんだぜ。遅くなって悪いんだぜ」
「何だろ…これ」

差出人の名前がない。
綺麗な包装紙をはがして開けると、真新しいネクタイピンが入っていた。


「おっ、かっこいー」
「ネクタイピン…なんで?誰から?」
「迷うほど心当たりあるだなんて羨ましいんだぜ。でもそんなこと言ったら贈り主が泣くんだぜ」
「え、フィリップわかるの?」
「こんなのオスカーに贈るヤツなんて、俺っちには一人しか心当たりないんだぜ」

うーん、と考えこむ。
……もしかして、もしかして…?

「…………ラルフ?」
「なんで疑問形…他にいないんだぜ」
「で、でもなんでこんな…一緒に住んでるんだから直接渡せばいいのに……」
「照れくさかったとかびっくりさせたかったとかそんな理由だと思うんだぜ。…ところでオスカーってタイピンなんか使うのか?」
「あ、うん。高校の制服がネクタイだから…」

ネクタイピンなんて持ってないから今まで使ったことないけど。

「…………」


…そういえば、前に一度ラルフに「ネクタイが曲がっててだらしない」って言われたことがあった。
その時は遅刻しそうだったから、そんなの気にしない!って言っちゃったけど。
ラルフはなんて言ってたっけ。


――もう大人なんですから、そのくらい気を使えるようにならないとダメですよ?



「…大人………」
「そうか…そういやもう高校生になったんだな。いやーおっきくなって…」
「何その言い方…。フィリップもおじさんっぽくなってない?」
「お、俺っちはまだまだ若いんだぜ!現役なんだぜ!?」
「ホントかなあ……」
「ホントなんだぜ。俺っち嘘は吐かないんだぜ」
「その発言自体が既に嘘だよねって突っ込んでいいかな」
「…なんか、懐かしいんだぜ。…あの人狼騒ぎが起きた頃も、こんな風に…………ぶえっくしっ!…花粉の舞う季節だったんだぜ」
「あっ、話そらした!…って、大丈夫?」
「この家の辺り特にひどいんだぜ。山からの風がもろに来るから、ホントに…っくしゅん!…うー……俺っちもう行くんだぜ。他の配達がまだ残ってたの思い出したんだぜ」


じゃあ、と手を振ってフィリップは走っていった。


手の中にネクタイピンを握り締めたまま、僕は部屋の中を振り返った。
カレンダーを見る。確かに、人狼騒ぎが起こったのは丁度今頃だ。
「えっと…最初にサイモンが殺されたのが…この日……」
カレンダーの文字を指でなぞる。一人死んで、二人死んで、…全てが終わったのが、この………。

「………あっ…!」


そうか、昨日は―――。
僕とラルフの……。


「ラルフ……!!」


ネクタイピンを握り締めたまま、僕は外へと飛び出した。

追いつけるかな。
ううん、追いつかなきゃ。
きっと今、いま伝えないといけないんだ。


「…いた…!」

遠くのほうに、見慣れた背中が見えた。

「ラルフっ!!」
「……!オスカー君…」
「待って、お願い!」

ラルフが足を止めて、僕をじっと見る。
ようやく追いついた僕に、少し呆れたような視線を向けた。

「オスカー君、そのかっ」
「ごめんなさい!……その…昨日、馬鹿だなんて言って」
「…………」
「ちょっと悲しかっただけだったんだ。ラルフが…僕のこと、もう好きじゃないんじゃないかって…」
「…オス………」
「でも、違うんだよね…ラルフは、僕のこと、ちゃんと…」


強く握り締めすぎて、少し痛くなった手を開く。
ラルフが驚いたように手の上のネクタイピンを見た。

「これ…っ、なんでオスカー君が…!」
「さっきフィリップが届けてくれたんだ。…ウェーズリーおじさんが倒れたから、その代理で」
「そうだったんですか…よかった」
「…これ、本当は昨日届くようにしてたんだよね?…ラルフと僕が付き合い始めた記念日に…」
「……ええ。時間になっても届かないので、焦って…。……これから、ウェーズリーさんのところに行こうと思っていたんですよ」

だから、少し早く家を出たんです。
そうラルフが言って、少し微笑む。

よかった。
避けられてたわけじゃなかったんだ。


「…じゃあ、私は仕事に行きますのでこれで。オスカー君は誰かにその姿を見られる前に早く帰るんですよ?」
「っ、待ってよ!まだ話があるんだ!」

でも、ラルフの表情は硬かった。


一番大事な誤解が、まだ解けてないから。

「僕は、ラルフのことが好き!世界で一番好き!だから、昨日女の子と付き合うって言ったのは嘘!そんなことしないよ!」
「……」
「ただ……ただ少し、ラルフに嫉妬してほしかったんだ…。ラルフに、僕が一番好きって、他の子と付き合うなんて嫌だって言ってほしかったんだ……」
「…オスカー君……」


ぽん、と。
大きな手が、僕の髪をそっと撫でた。

「…嫉妬なら、もう飽きるくらいしてますよ」
「……ふぇ?」
「………泣かないでください。さ、一旦家に帰りましょう。…あまり時間がないので、急ぎますよ」
「う…うん!」


ラルフが僕の空いている手を取って、僕を引くように歩く。
珍しく早足なラルフに置いていかれないように、僕もいつもより大股で歩いた。













…………家に帰ってから鏡を見て、どうしてラルフが急いでいたのかに気づいた。

「…………僕、この格好で外出てたの…!?」
「誰かに見つからなくてよかったですね。特に、クラスの子に見つかったら笑われますよ」


夜眠れなくて水を飲もうとして、朝食を食べているラルフと鉢合わせて一緒に食べて。
ラルフを見送った後すぐにフィリップが訪ねてきて、フィリップと別れてカレンダーを見て、家を飛び出した。

…つまり僕は、服を着替えないまま外に出ていたということ。


「………恥ずかしい…」


鏡の中には、寝巻き姿の僕が映っていた。



「……本当は昨日、夕食を食べ終わった頃にそれが届いて、サプライズプレゼントになる予定だったんですよ」

僕が服を着替えている間、ラルフがぽつぽつと話し始めた。

「それが、夕食前にオスカー君と喧嘩しちゃうわ、夕食時になってもオスカー君が部屋から出て来ないわ、プレゼントは届かないわで……もう、散々でしたね」
「う……ごめんなさい」
「いえ、私のほうこそ申し訳ないです」

いつものようにワイシャツを着て、ネクタイを締める。
そこで上着に手を伸ばしかけて…貰ったネクタイピンを取った。
心なしか、ラルフの表情が緩んだ気がする。

「…えっと、この辺りにつければいいのかな」
「うーん……もうちょっと下ですね。ちょっといいですか?」

僕の前に立って、ぴっと軽くネクタイを下に引っ張る。それからネクタイピンの位置をずらして、はい、これで大丈夫です、って微笑んだ。
それが恥ずかしかったのか、ラルフのことを可愛いと思ったのかよくわからなかったけれど、無性にキスしたくなって、ラルフの首に抱きついてキスをした。


「!」
「………ありがとっ!」
「…ふ、不意打ちはずるいですよ」
「今更何言ってるのさ。…ラルフー?耳まで赤いよ?」
「う、うっ…。…早く行かないと、遅刻しますよ!」
「あはは。ラルフもね」


出かける前にもう一度キスして、僕は学校へ、ラルフは仕事場に向かう。
…まだ、どんな風に嫉妬してたのとか、ラルフには聞きたいことが沢山あったけど。

――それは、また今晩にでも。

なんて言われてしまったので今は我慢することにした。
でも、今夜はもう逃がさないからね?














novel menu