人狼がゲルトを食べてから、何日目の朝だったか。
まとめ役の俺はその日もいつもと同じように、一番早く集会所に来た。
つもりだった。

「おはようございます、オットーさん」
「――ニコ…ラス?」
「はい」

だが、誰もいないと思っていたその部屋には既に緑の服を着た旅人がいて。
そして、気持ち悪いくらいに穏やかな笑みを湛えていた。

「今日は随分早いんだな」
「ええ、今日は特別な日ですから、早起きしたんですよ」
「特別な日?」
「…オットーさん、貴方も鈍い人ですね」

やがてアルビンとヨアヒムが集会所に入ってくる。
最後のヨアヒムが後ろ手で鍵をかけたことに、違和感を覚えた。

「…?待った。まだリーザとヤコブが来ていない」
「リーザは来ないよ。ニコラスが食べちゃったから」
「――は?」
「ヤコブはどうしたっけ?アルビン」
「ヤコブ君か?明け方に一生懸命畑耕してたからちょっと遊んでおいたよ」
「……ヨアヒム?皆?…何、を?」
「…ヨアヒム君、オットー君はまだ解っていないみたいだから説明してあげて」
「うん、わかった」

ヨアヒムが俺へと近づいてくる。
見慣れた顔なのに、その顔は笑っているのに、何故か怖ろしくて仕方がなくて。
俺は思わず一歩後退った。

「――アルビンとニコラスは人狼だよ」
「え…!?」

椅子に座って微笑んでいるニコラスの顔を見る。
表情一つ崩さないその様は、肯定以外の何物でもなくて。

「そして僕は――」

聞きたくない、本能的に耳を塞ごうとして、でもその手はヨアヒムに掴まれて。

「狂人だ」

くすくす――そう笑う声は何処か遠いもののように思えた。



[howl]



「いっ…!!」

大きなテーブル――つい昨日まで皆で真剣に人狼を探そうと囲んでいたテーブルだった――の上に押し倒される。
人間よりも遥かに強い力で、ニコラスが俺の手首をまとめてテーブルに押さえつけた。

「………くそっ…人狼め…」
「おやおや、威勢がいいですね。こんな状況でもまだ――」
「…るさい!……っ、殺すならさっさと殺せ!」
「それはできないんですよ」

ニコラスがちらりとヨアヒムを振り返る。
俺も頭を動かして、どうにかヨアヒムの顔を見た。
ヨアヒムは薄らと笑っていた。
頬を微かに赤く染めながら。

「彼がね、オットーさんだけは殺すなと言うものですから」
「……ヨ…ア?」
「ですから、それ以外の方法で楽しませてください」

ニコラスの空いた手が俺のジーンズを脱がせ始める。

「や、め…っ、この変態!畜生め!」
「…オットーさんって顔に似合わず口が悪いんですよねえ。私、その一点だけがどうにも好きになれなくて」
「ふざけ、ん、…っ…」
「――軽く躾けたほうがいいですね」

アルビンが荷物から瓶を取り出して、その中身をニコラスの掌に落とす。
ぬるりとしたその液体は…油だろうか。

そしてその手で、俺の下半身を扱く。

「っあ!?」
「気持ちいいでしょう?一応、こういう行為専用に作られたオイルですから」
「ひっ…や、めろっ!!」

ニコラスの腰を膝で蹴る。だが、ニコラスは涼しい顔を崩さない。

「行儀の悪い犬ですね」
「い…あ…っ、……っ…、やめ、ろ…」
「足りませんか?ならもっと…」
「ん――っ!!」

アルビンがヨアヒムを肘でつついて、ぼうっとしていたヨアヒムが俺へと近づいてくる。
そして俺の手をニコラスの代わりに押さえつけると、俺を見下ろしてにっと笑った。

「――ヨア、ヒ…」
「そんな目で見たって、助けてあげないよ。だってオットー、こんなに可愛い…」
「に…言って…っく…!!……くそっ…!おい、ヨア!目ぇ覚ませよ!!」
「何のこと?――僕はね、ずっと前からこれを望んでいたんだ」

笑うヨアヒムは心から楽しそうで。
気が遠くなりそうになる。
何故?
余所者の2人はとにかくとして、ヨアヒムは――。

「オットーはさ、いつもすましてて、頭はいいけど口は悪くて。初めて会ったときはなんかイヤな人が村に来たなあって思ってたんだ。でもさ」
「う…っ、…っあ……あ…!?」

ニコラスの手がとうとう尻のほうにまで伸びてきた。
扱く手の動きは止めないままに。
その感覚に思わず鳥肌が立ち、涙が零れた。

「――ふふ、指が喰い千切られそうですよ。ここ、使ったことないんですね…」
「…でも、わかったんだ。本当のオットーはもっと…優しくて、可愛い人だって。口が悪いのは、ただ素直になれないからなんだって」
「い、や…、や…め………いた…い…」
「だから、オットーが素直になるところを見てみたい、その可愛いところを全部僕に見せてほしいって…ずっと思ってた」
「よ……あぁ…っ!!…たす、け…」
「オットーが泣くのなんて初めて見た…。本当、可愛い」

俺を責め立てるニコラスの手の動きは激しくなるばかりで。
俺を見下ろすヨアヒムはもう何を言っているのかもわからなくて。
おもむろにその顔が近づいてキスされたときも、暫く何をされたかわからなくて。


「ん――んんっ!?…っん…!」

舌を深く吸い上げられた瞬間、頭の中が真っ白になって…身体が震えた。


「…濃いですねぇ。溜めてました?」

ニコラスの声は、どこか遠くから聞こえる。

「オットー……ああ、イったその顔も可愛い」

ヨアヒムの恍惚の声も、耳元で囁かれてからその意味を理解するのにひどく時間がかかった。


「…アルビンさん、貴方もいかがですか?」
「遠慮しておくよ。他人に汚されたモノに興味はない」
「おや、私と貴方の仲なのに、他人だなんて」
「それに、そろそろヤコブ君の様子を見てこないとね…あまり放置しすぎると死んでしまうかもしれない」
「……また貴方の悪い癖ですか。……ふふっ、オットーさん。相手が私でよかったですね。アルビンさんに気に入られてしまったら、もっとヒドいことされますから」
「酷いこととは失礼な。僕なりのやり方で愛しているだけだ」
「愛している、ですか…。貴方が人間を愛したのなんて何年ぶりでしょうね」

ヤコブさんも可哀想に、とニコラスが笑う。

「さて、では私は…。…このままオットーさんを苛めて差し上げてもいいのですが…まだ正気が残っているうちに、ヨアヒムさんと話し合いでもさせてあげましょうかね」
「…ヨアヒム君が裏切ったら」
「心配ないでしょう。その時までにはヤコブさんが貴方に味方しているはずですから」
「ふ、それもそうか」
「では私はお暇を。お二人とも、ごゆっくり」


アルビンとニコラスが集会所から出て行く。
ヨアヒムが俺を押さえる手にはもう殆ど力は入っていなかった。
その手から抜け出し、身体を起こす。

「ヨアヒム」
「なに?オットー」
「逃げよう。…もうこの村は終わりだ。あいつらのいないうちに…」
「どうして?明日から僕とオットーの2人だけの生活が始まるのに」

先程までニコラスが立っていた場所に、ヨアヒムが移動する。
そして俺を再びテーブルに押し倒すと、嬉しそうに笑った。

「あの2人は、いい人狼さんだったよ。僕がオットーだけは殺さないでくれって言ったらちゃんとそれを聞き入れてくれたし、オットーを占ったときもちゃんと人間って判定を出してくれた。それに、いつもオットーに媚売ってべたべたくっついてたカタリナを真っ先に殺してくれたしね」
「――!?」

カタリナは霊能者だった。
だから殺されたと思っていたのに――!?

「その上…僕のことも見逃してくれるって。だから、僕はこれからずっと…誰にも邪魔されずにオットーと一緒に暮らせるんだ……。ふふ…幸せだなぁ…」
「ヨア…!?」
「どうしたの、そんな顔して。僕のこと嫌い?友達だって言ってくれたのに」
「ヨア…おま、え…」
「オットー…震えてる。どうしたの?寒いの?…それとも、僕が怖い?」

目の前のヨアヒムは、本当に本当に嬉しそうに俺を見ていて。
だけど意識はここではないどこかにあるように見えて。
――俺の知っている、明るい青年はもう何処にもいないのだと思い知らされるようで。


「でもね、オットー。逃がさないよ」
「っ…う!?」

ぐちゅ、と液体の音がして。
尻に激痛が走る。
ヨアヒムが俺を求めているのだと気づいたのは、その痛みにほんの僅かだけ慣れた頃。

「やっとオットーとこうして繋がれるんだ…。もう、一生離さない。僕の目の届かないところになんか行かせない。僕以外の誰とも喋ったり、触ったりしちゃだめ。見ちゃだめ。考えちゃだめ」
「ヨアヒ…いっ!?…痛っ、やめ、嫌だ、ヨアっ!!」
「僕だけ見て。僕だけ愛して。僕もオットーだけしか見ないから。オットーだけを愛してるから」

ずる、と痛みを伴って抜き差しされるそれに、思考まで引き摺られそうになる。
叫んだ喉はひりひりと痛みを訴えていて。
窓の外に見えるのは、何も変わらない村の風景。
何処見てるのとヨアヒムに顎を掴まれ、目を合わせられる。



――遠くから、ヤコブの絶叫が聞こえた。




この村も。
お前も。
俺も。

もう何もかもが。




「オットー?……ちょっと激しすぎたかな?」



「でも、ね。大丈夫だよ。オットーの喉が枯れたら僕が水をあげるし、オットーの食事は僕が作ってあげる。オットーが立てなくなったら僕がお姫様抱っこで運んであげるし、オットーが―――……」



狂い、壊され、そして――。



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