――。
「ヨアヒムー!!」
「ヨアー!どこだべー!?」
「ヨアお兄ちゃんー!」
ヨアヒムの両親が殺された。その話は瞬く間に村中に伝わり、逃げようかどうかと迷っていた村人たちも大慌てで村の外へと出て行った。
そうして村は、不穏な黒い雲で覆われる。
一方、村に残ると決めた村人たちは、ヨアヒムを探し始めた。
もしかしたら、ヨアヒムも何処かで――…。
そんな不安が皆の心によぎる。特に、オットーの不安は顕著だった。
「ヨアヒム…!」
数十分前に見た無残な遺体。パメラの遺体を見たときとはまた違う焦りがあった。
そこにヨアヒムの遺体がないことに安堵し、でもすぐに"じゃあヨアヒムは何処に?"という不安が押し寄せた。
とにかく、無事で、無事でさえいてくれれば。
「…っ、ヨアー!!」
「………ん…何…?」
「へ…!?」
オットーは声の主を探してキョロキョロと辺りを見回す。
「上だよ、上」
言われて上を見ると、大樹の上に座ってこちらを見下ろしているヨアヒムがいた。
「……何かあったの?僕ずっとここで昼寝してたけど」
中々返事をしないオットーに焦れたのか、ヨアヒムはストッと木から飛び降りる。そして呆然としているオットーの顔の前で手をひらひらと振った。
「オット……っうわあ!?」
ハッと我に返ったオットーに突然抱きつかれてバランスを保てず、そのまま後ろに倒れこむ。
「…いっ…たー…オ…オットー?」
「…………っ…!ヨア…よかっ…よかった…!!」
「………オットー…」
ぼろぼろと泣きながらしがみつくオットーにヨアヒムは戸惑いの表情を浮かべつつ、オットーの頭をそっと撫でた。
「…よくわからないけど、僕はここにいるよ。大丈夫、泣かないで」
そう、呟きながら。
[phase 5 -血塗れの舞台-]
――1日目、昼。
「今…村にいるのはこれで全員だな」
宿に集まった村人たちをヴァルターはぐるっと見回して呟く。
「…皆酷い。たったこれだけしか残ってないなんて…村を見捨てるなんて…」
「……責めても仕方ないだよ、カタリナ」
「でも…!!」
「そうだよカタリナ。…今は、残ったあたしらでこれからのことを考えなきゃ」
ヴァルターはコクリと頷く。そして口を開いた。
「カタリナたちがヨアヒムの家に行く直前、ペーターがヨアヒムの家から狼が飛び出してきたのを見ている」
「!?――ほ、本当!?」
「うん」
「だが、ヨアヒムの家の窓や鍵は何一つ壊されていなかった。…よって、これはただの狼ではなく…人狼の仕業と見る」
「………」
「…ゲルトの言った通りだったんだな…」
木こりのトーマスはそう呟いて、すまん、とゲルトに頭を下げた。…ゲルトが狼を見たと言ったとき、一番最初に冗談言うなと糾弾したのはトーマスだったからだ。
ゲルトは静かに首を横に振る。
「…いいんだ。…それより、これからどうするか考えなきゃ。……村には、本当にこれだけしか人がいないの?」
ゲルトは確認するようにヴァルターに言った。
この場にいるのは、ヴァルター、モーリッツ、トーマス、ジムゾン、フリーデル、カタリナ、ヤコブ、オットー、ヨアヒム、ディーター、ペーター、リーザ、レジーナ、そしてゲルト。たった14人だった。
「ペーターとリーザの家族がいないのはおかしくない?…ボクの家族はボクが大学に帰ると思ってたみたいだからボク置いてさっさと他所に逃げちゃったけど」
「ペーターは…ご両親から連れて行ける余裕がないから預かっててもらいたいと連絡があった」
「……………そんな」
「リーザは…」
「リズは自分から残りたいって言ったの」
小さな少女はひとつ頷いて、普段とは全く違う大人びた表情で告げた。
「今までずっと隠してきたけど、リズは幽霊が見えるよ。その幽霊が人か狼かがわかるよ」
「なんだって?」
「――霊能者か」
オットーがそう聞くと、リーザはこくりと頷いた。
「…俺が人狼のことについて説明するのはなんだか皮肉なものだけど」
僅かな苦笑と共にオットーは立ち上がり、人狼を退治する方法とそのために村が取れる対策を告げる。
ヨアヒムはそれを複雑な表情で見つめていた。
「……つまり、人狼を退治するためには処刑を行って狼を追い詰めるしかない…と?」
「そんな!村の人を処刑するだなんて…!!」
「だったらこのまま黙って喰われてもいいって言うのか!?」
オットーはそう叫ぶ。その勢いにヤコブは開きかけた口を閉じた。
――オットーはかつて家族を人狼によって失った被害者だ。その経験、痛み苦しみには説得力があった。
『……やっぱりこういう流れになる、か』
ジムゾンは囁きでそう呟いた。
『まあ、仕方がないさ。人狼が3匹いればどう足掻いたって…』
"ゲルト"もその囁きに答える。
『…………』
『不満そうだな、暁』
『…いや。…これは、僕のせいだ。僕が親を殺してしまったから…』
『………そういえば、何故暁はあのタイミングでご両親を…?』
『……それは』
ヨアヒムが言いよどむ。
「…ム、ヨアヒム?」
「…えっ、何!?」
「霊能者を名乗る人が他にいないか確認しているんだ。…ヨアヒムは霊能者?」
「……ち、違うよ。僕にはそんなもの見えない」
「よし、これでリーザが霊能者…つまり人狼じゃないことは確定…でいいのか?」
「うん」
「…それじゃあ、指示するよ。占い師さんは今日は名乗り出ずに、明日の朝、占い結果と一緒に名乗り出てほしいの。皆は、今日誰を占ってほしいか決めてほしいな」
リーザがそう指示すると、皆は話し合いを始めた。ペーターに狼の特徴を聞く者、ヨアヒムの両親、パメラの家族が死んだ時間にアリバイのある者、ない者を細かく分けていく。
「……皆忘れてるかもだけど、実はヨアヒム自身にアリバイがないんだよね」
「…っ、ヨアヒムが家族と…パメラを殺したって言いたいのか?」
「可能性としてだよ」
「………」
「少なくともヤコブ、カタリナ、ゲルト、オットーは外してよさそうだ」
「でも人狼はチームで行動するんだろう?一人がそこにまぎれてアリバイを作っている間に別の仲間が…」
中々まとまらない。あっと言う間に夜になり、ずっと黙っていたリーザが立ち上がった。
「時間も遅いし、そろそろ決めたいの。今疑われているのはアリバイのないヨアヒムお兄ちゃんとジムゾンおじちゃんとディーターおじちゃん、パメラお姉ちゃんのお父さんとお金でトラブルがあったトーマスおじちゃんでいいかな」
「…うん」
「じゃあ…ジムゾンおじちゃんを占ってほしいの。…ジムゾンおじちゃん、おじちゃんは占い師?」
「…いいえ、私は占い師ではないよ」
「それじゃあ、占い師の人、よろしくお願いします。…リズは…もう眠いの…」
ふわぁ、と欠伸をするリーザをレジーナは客室へと連れて行く。
残った者もぐったりと疲れた様子で酒や水を飲んだりしていた。今日はもうこれ以上議論する気は起こらなかった。
――1日目、夜。
オットーは屋根裏に潜んでいた。これはディーターに教えられた、この宿の秘密の抜け道だった。
『屋根裏を通れば…まあ狭いが、2階全ての部屋を見回ることができる』
何故そんな知識があるんだと問いたかったが、大方覗きとかよからぬ目的のためだろうし、聞いても仕方がないと思ったので黙っていた。それにこれはディーターの言った通り、実際役に立っていた。
手にボウガンを持ち、ごめんリーザ、と小さく心の中で謝ってから天井に開いた小さな穴からリーザの部屋を見下ろした。
すやすやと眠っている。その様子に安堵しつつもオットーは警戒を解かなかった。
……可能な限りこの手で皆を護りたい。そう、オットーは思った。
――数日前、村はずれの倉庫。
「――ま、ちっと汚いが座ってくれ」
「…ディーター、普段こんなところに…?」
「ん?ああ、いやあちこちふらふらしてるが。隠れたいときはココを使ってるな」
ディーターとオットーは村はずれにある廃倉庫に来ていた。もう何年も使われていないそこは、とても埃っぽい。帰ったらまず服を替えないと、とオットーは思う。
「それで、話って」
「………人狼の噂は聞いているか」
「え…」
「イエスか、ノーか」
「…イエス」
ゲルトから聞いた噂話。…ディーターも知っているのだろうか。
「もう一つ。お前は人狼か」
「ノーだ」
こちらは即答だった。ディーターの質問の意味を図りかねてオットーはディーターを疑念の目で見つめる。
「…そんなに睨まなくても、別にお前を取って食いやしねぇよ」
ディーターは倉庫の奥にある麻袋を探った。そして、何かを取り出す。
「コイツをお前に渡しておこうと思ってな」
「……ボウガン?」
「そうだ。こいつは小型だから射程距離と威力はたいしたことないが、初心者でも扱いやすい」
「…なんで、こんなものを」
「………ビスマルク、という名に聞き覚えはあるか?」
「ビスマルク…?」
――ビスマルク様、私は、私は…!!
瞬間フラッシュバックしたのは甲高い女の声。だが、何処で聞いたのか、ビスマルクとは誰なのかが思い出せない。
オットーは首を横に振った。
「…俺の、従兄に当たる男だ。もっとも、あれは本家、俺は分家の更に妾腹だったから交流なんざ殆どなかったが」
「……はあ…」
「そいつは…お前の家族が人狼に襲撃された村の…共有者だった」
「…!!」
――ビスマルク様、私は、私は…人狼ではありません!!信じてくださいませ!!
すっと、記憶が戻ってきた。そう、あの村には随分と偉そうな男がいた。
己を正しいと信じ、半ば独断で多くの村人を処刑した共有者だった。オットーも危うくあの男に処刑されかけた。
結局ビスマルクが襲撃され、まとめ役が交代したことで村は辛うじて滅亡を免れたのだ。
「……思い出したか」
オットーは頷く。
「結果的にあの村は滅びずに済んだが、あの男が出した被害は甚大だった。何人かの村人を私怨で吊り殺したとも聞いて、俺はいたたまれなくなってあの村での犠牲者の墓前に詫びに行った。そうしたら、生き残った村人がそれを渡してくれてな」
「…………」
「もし何処かでお前に会うことがあれば、それを渡してほしい、と」
「え…」
「いつかまた何処かで人狼に出会ったとき、きっと役に立つから、だとさ」
オットーは渡されたボウガンをまじまじと見た。何の変哲もないボウガンに見える。…だが、一緒についてきた矢は、銀の矢だった。
「………狼は、銀に弱い」
「よく知ってるな」
「…うん。あの人狼騒ぎの後、色々人狼について調べたから」
「そうか」
ディーターは満足そうに頷いた。
「用はそれだけだ。それは誰にも見つからないようにしておけよ。俺も勿論他言しねぇ」
「…ありがとう」
ディーターはひらひらと手を振り、倉庫を出て行った。
オットーは暫しボウガンを見つめた後、そっと矢を番えてみる。そして、古い荷物の山に向けて撃った。
バスン!!
強烈な音と若干の手の痺れ。そして、鋭く突き刺さる矢。
「…凄い」
自然とそう声が出る。…これをもし、人狼に撃てればかなりのダメージが与えられるはずだ。
無論人狼などいないに越したことはないが――それでも、誰かをこの手で護れるなら。
「―――…狩人…か…」
ボウガンを握る手に力をこめ、そう呟いた。
――2日目、昼。
ゲルトが遺体で見つかった。
その事実に皆が溜息を吐く。やはり人狼を退治するため…この中の誰かを…。
「…さて、ゲルトが死んでしまったのは残念だが…朗報がある。私が占い師だ。そして、今日占ったジムゾン神父は人狼だった」
ヴァルターの言葉に、ざわ、と皆が驚きの声をあげながらジムゾンを見る。
「……神父様が…?」
「嘘、そんな…!」
「…ご冗談を、村長さん」
声に僅かな動揺を含ませながらジムゾンがそう返した。しかしヴァルターの目は真剣そのものだった。皆がジムゾンが人狼なのだと納得しかけたその時。
「――村長さん、あなたが人狼だったのですわね!?…私が占い師です!神父様は人間でした!!」
ガタッ、と音を立てて立ち上がったのはフリーデルだった。珍しく声を荒げ、ヴァルターをキッと睨みつける。
「………シスター、貴女まで」
「村の長がこのような…。…酷い話ですわ…」
『――黄昏、フリーデルは…』
『狂人だろう…。……私を、庇ってくれたのか。…すまない』
『謝るんじゃなくて、使ってやろうぜ。折角だ』
「…占い師さんが言ってることが違う…ど、どういうこと?」
ペーターが首を傾げる。それにリーザが返した。
「どちらかが偽者で、嘘を吐いているということよ」
「嘘吐きは村長さんです。…私は人間ですよ、ペーター」
「…でも、村長が人狼の仲間だなんて信じられないだ…」
――その日は一日、どちらの占い師が本物かということで揉めた。だが結論は出ず、結局。
「処刑して、リーザの霊判定を見よう」
…そう、落ち着いた。
「――嫌!嫌です神父様…神父様あああっ!!!」
処刑場で、フリーデルはそう叫び、泣き崩れる。
『暁、黎明、……すまない』
『いや…こちらこそ、庇えなくてごめん』
『庇う必要はないよ。……最後に、一つ頼みがある』
「――これから、神父ジムゾンの処刑を行う」
『…ああ、何だ?』
『彼女を……フリーデルを、よろしく頼みま――――――』
鈍い音と共に、ジムゾンの首が転がり落ちた。
その無残な光景から目をそらすもの、焼き付けようと真っ直ぐ見据える者…皆様々な思いの元、立っていた。
『…黎明、今日の襲撃は』
『霊能者だ』
『…黄昏の死を』
『無駄にはしない』
狼たちもまた、仲間に報いようと静かに決意を深めていた。
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