その夜も、誰も襲撃されなかった。


「ねえ、こんな馬鹿馬鹿しい処刑なんてもうやめない?」
そう言ったのはエルナだった。
「だって襲われたのはゲルトだけでしょう?そして怪しいカタリナとヤコブを処刑した。その間被害ゼロ。人狼なんてもう村の何処にもいないんじゃないの?」
「きっとそうだと思うの。もうこれ以上、誰かを処刑なんて嫌なの…」
リーザもそう言う。
だがディーターは首を横に振った。
「この中に人狼が3匹紛れ込んでいるのは間違いねぇんだ。カタリナとヤコブが両方狼だったとしても…まだもう1匹いる」
「違うわ。後2匹よ。だってヤコブは人間だった!」
パメラが反論する。
「確かにアタシの霊視でもヤコブは人間だったねぇ。人狼はまだ全員生きてるよ」
レジーナが更に食って掛かる。
「ヤコブ兄はやっぱり人間だったんだね」
「…すまなかった、ヤコブ」
トーマスも謝罪の言葉を口にした。

「…ところで」
ディーターがちら、とオットーとフリーデルを見る。
「今日の占い結果は?フリーデルから聞かせてくれ」
「わかりましたわ。…村長様は人間でした」
「…え…。そうか、ついに仲間を庇いに来たんだね?村長は人狼だったよ!」
ざわ、と声があがる。
…村の長が人狼だなんて、と。
「オットー、君が偽者だったのか」
「オットーお兄ちゃん…ヴァルターおじちゃんが人狼って…うそ、だよね?」
「…皆、僕を信じてくれないんだね。でも本当だ。本当に村長は人狼だった!」
「……オットー。流石に村長が人狼というのは無理があるだろう。だったらどうして今この村が存在しているんだ?もうとっくに滅びていたっておかしくないだろう?」
「そう…だけどっ、でもっ…」
フリーデルがオットーに、哀れむような、蔑むような視線を投げた。

「所詮人狼の嘘など浅はかなもの。神の前では全て見破られてしまいますわ。人狼よ、大人しく罰を受けなさい!」


―――ガタンッ



気づいたら、僕は立ち上がっていた。
皆の視線が一気に僕に集まる。

「…どうした?ヨアヒム」
「…………っ…」

…言っていいのか。
一瞬だけ迷った。
でも、…このままオットーが処刑されてしまうなんて耐えられない。


そう思ったら、僕の口はすらすらと言葉を紡いでいた。


「――僕は狩人だ!一昨日はディーター、昨日は…オットーを護っていた!!」

ざわ、とまたどよめきが起きる。
「狩人…?ヨアヒムが!?」
「ということは…一昨日と昨日人狼の襲撃がなかったのは…」
「ディーターもオットーも人狼から護られた…つまり人間ってことか?」
「ディーターは共有者だからとにかくとして…オットーが狩人に護られていて襲撃されなかったってことは……」

皆の視線が次はフリーデルに刺さる。

「なっ…!私は本物の占い師です!!ヨアヒムさん、あなた嘘を吐いているんでしょう!?」
「じゃあ聞くよ?この中に自分こそが狩人だって人、いる?」


…誰一人、名乗り出ない。

「…どうやら、僕が本物みたいだね」
「ヤ…ヤコブさん!!ヤコブさんが狩人だった可能性だって…」
「じゃあ昨日襲撃がなかった理由を説明してみてよ」
「………っ…私にわかるはずありませんわ!!そんなの!たまたま…たまたま人狼が気まぐれで食事をやめたに違いありませんわ!」
「んー…フリーデル…。…ちっとお前さんの言い訳は苦しくなってきたなぁ…」
ディーターが煙草の火を揉み消して、フリーデルを真っ直ぐ見据える。
「確かに人狼が気まぐれで食事をしないことはある。確かに、な。でもあいつらは今日までゲルトしか食ってねぇわけだ。…2日も続いて食事を我慢する必要があるか?それにヤコブとヨアヒムなら、俺はヨアヒムのほうが狩人っぽいと思ってる」
「ディーターさんまで…そんな!!」


「…そもそもカタリナが人狼だなんておかしいと思ってたんですよね」
ずっと口を閉ざしていたジムゾンがぽつりと言う。
「ジムゾン神父…!?私を…私を信じないとおっしゃるのですか!?」
「シスター…できれば私も貴女を信じたかった」
「…………っ…」







……処刑は、フリーデルに決まった。




「…ヨアヒム」
夜。皆が解散した後。
僕はオットーに呼び止められた。
「……ありがとう」
「え?」
「僕を…助けてくれて」
「いいんだよ。あのままオットーが処刑されるなんて耐えられなかったし」
「あの…さ、…今日も…一緒にいて…いいかな」
「いいよ。何が来ても、僕が護ってあげる」


僕はオットーの手を引いて、家に帰った。


「狩人って、どんなことしてたの?」
「えーっとね、コレ使ってズガンっと」
ベッドの下からライフルを取り出して構えると、オットーは驚いたように目を丸くした。
「ヨアヒム、そんな物扱えたの…!?」
「うん。…今まで使ったことなかったけど、案外ぶっつけでもなんとかなったよ」
「というかそんなの…なんで持って…」
「えっとね、死んだ父さんが軍人だったんだ」
家族3人で写る写真が入った写真立てを僕は指差す。
そこには軍服に身を包んだ父さんと、優しく笑う母さんと、まだ幼かった僕がいた。
「…そういえばヨアは、お父さんが死んでからこの村に引っ越してきたんだっけ」
「うん。もう都市部は住めない状況だったからねー…」
「そう…だったんだ」
オットーは暫く何かを考え込むと、ふと、顔を上げた。
「今日は誰を護衛するの?」
「オットーだよ。決まってるじゃないか。…ディーターでもいいんだけどね。正直、結社から来た共有者ってどこまで信用できるのかよくわからないし。それに、オットーみたいな不思議な力はないんでしょ?…それなら…オットーを護るよ。オットーは、村にも僕にも必要だから」
もっとも、と僕は付け足す。
「オットーが僕の家に隠れてるだなんて人狼は気づいてないのかもね?だって、昨日は来なかったし」
「…………そう、かもね」
「これから暫く夜は僕の家に来るといいよ。あ、誰にも見つからないようにね」
僕も外に出る手間が省けるし。
そう僕が笑うと、オットーも笑った。


「…ごめんね、ありがとう」
「なんで謝るの?」
「あ…ううん、別になんでもないよ」



「ねえ、オットー」
「ん?」
「村が平和になったらさ、またあのチーズたっぷりのパン焼いてよ。あれオットーのパンの中で一番好き」
「…食べたいなら明日にでも作るよ?」
「ううん、あれは僕へのご褒美ってことで取っといて?」
「…わかったよ。じゃあ、明日は別のパン作ろうかな…」
「…楽しみにしてるね」

昨日は使わなかった銃を、いつでも手の届く位置に置く。

「オットーはもう休んでて。占いって結構神経使うんでしょ?明日も頑張る為に早く寝ないと」
「うん…お言葉に甘えることにするよ」
「おやすみ、オットー」
「…おやすみヨアヒム」


オットーの手が、僕の腕を掴んで。


「…愛してる。…嘘じゃない。本当に愛してるよ、ヨアヒム」


そう呟いて、目を閉じた。

真っ赤に染まった僕の顔を無視するかのように。



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