僕の父さんは、銃の扱いに長けていた。
当たり前だ。父さんは軍人だったから。
そして戦場で亡くなった。僕が9歳のときだった。
父さんの遺品であった銃を母さんから受け取ったのは13歳のとき。
僕にはきっと銃の才能があるはずだから、と母さんは僕に言った。
これと同じものが父さんの命を奪ったんだと思うと正直その言葉を素直に喜ぶことはできなかったけれど、それは確かに僕の手にしっくりきた。
だけど、僕はそれを使うことは今まで一度もなかった。
だって、…使う理由がなかったから。
今日までは。
[Hunter]
―――人狼なんているわけないじゃないか、皆おおげさだなぁ。
そう言って深刻そうに頭を抱える村長たちを笑い飛ばしたのはゲルトだった。
僕もそう思っていたけれど、あまりに皆が深刻なので言えなかった。
案の定村の大人達は一斉に溜息を吐いたけれど、それでも皆ゲルトを本気で窘めたりはしなかった。
そう…皆も心のどこかで嘘だ、と思っていたんだ。
だけどその翌日、ゲルトが無残な姿で見つかった。
人のなせる業じゃない、これは間違いなく狼の仕業だと皆が言った。
そうして狼を殺すため…処刑が始まった。
狼を見分けられる目を持つと口火を切ったのは、オットーだった。
私も狼を不思議な力で見分けられると対抗したのがフリーデル。
そして初日に2人に調べられることになったのはカタリナだった。
理由は簡単。カタリナが深夜に何処かに出かけていたからだ。
カタリナは言った。
私が外に出たのは羊たちが妙に騒いでいて気になったから。と。
それに自らを結社から来た共有者と名乗ったディーターが反論する。
なら占われても怖くないんじゃないか、と。
観念した様子でカタリナは渋々頷いた。
翌日、カタリナの判定は真っ二つに割れた。
オットーは人間だと言い、フリーデルは人狼だと言った。
皆はどちらを信じるかで散々揉めて。
結局伝承どおりならば存在しているだろう霊能者の言葉を聞くためカタリナの処刑に落ち着いた。
―――銃に、弾を詰める。
使い方は知っている。でも、実際に使うのは初めてだ。
上手く、いくだろうか。こんなことが、許されるのだろうか。
…でも。
夜の間なら人狼は真の姿を見せる。もしその時に僕の銃で人狼を倒せたなら…。
こんな馬鹿げたことも、すぐに終わるだろう。
父さんと母さんの写真の前で僕は十字を切る。
…上手くいきますようにと。
僕は村の東に向かった。
今日狼に襲撃されるのはきっとディーター。
理由はわからなかったが、そんな気がした。
東のはずれ、ディーターの家の入り口が見渡せる位置まで来ると僕は草むらの中に隠れた。
…もし、外していたら。
もし……今日襲われるのがオットーだったら?
フリーデルだったら?それ以外の人だったら?
背筋を一筋、汗が流れた。
迷っている暇なんかないのに、これでいいのだろうかと頭の中で声がする。
―――その時だった。
微かな足音だった。
4本の足で歩くその獣は…ディーターの家へと近づいていた。
汗でぬめる手を一度ズボンで拭って、僕は引き金を引いた。
ダン!!
大きな音。そして強い衝撃が手に走った。
驚いたように狼が周囲を見回す。もし気づかれたら僕が死ぬ、その一心で更に撃った。
ダン!ダン!!
――ワオーン…。
狼は一啼きすると、何処かへと走りさっていった。
…確かに、確かに当たったはずなのに。銃で人狼は殺せないのだろうか…。
「…はぁ」
息を吐いた。
狼を殺せなかった。
「…でも、ディーターを護れただけ…よしとするかな…」
僕は思考を切り替え、家に帰ることにした。
ずっと草の上に寝そべっていたから、身体のあちこちが泥だらけだった。
翌日、霊能者を名乗る人間も2人現れた。パメラとレジーナだった。
パメラはカタリナを人狼だと言った。レジーナは人間だと言った。
「…ねえ、どっちが本当のこと言ってるの?カタリナお姉ちゃんは本当に狼さんなの?」
リーザが不安げに聞いてくる。
「そんなわけないだろう?リーザ。リーザはカタリナが狼に見えるのかい?」
オットーがリーザの頭を撫でながら反論する。
「違うよ!でも…でも、フリーデルお姉ちゃんとパメラお姉ちゃんが嘘を言ってるなんて信じられないの…」
「リーザ、私たちは嘘なんて言ってないわ。本当にカタリナは人狼だったのよ」
パメラがオットーをきつく睨みながらリーザに言う。
リーザはどちらを信じればいいのかわからず、とうとう泣き出してしまった。
今日の占いで人間であると明らかになったトーマスが積極的に発言する。
「はっきり言おう。この中で一番怪しいのは…ヤコブだ」
「な…!?なんで俺が!!」
「ヤコブはカタリナと親しかっただろう。もしカタリナが人狼だったら、今まで喰われてないのはおかしくないか?」
「ちょっと待てよトーマス。嘘を吐いているかもしれないパメラとフリーデルを信じると言うのか!?第一、カタリナが人狼だったとして、それで俺が狼って証拠は何処にあるんだ!!」
紛糾する議論。誰の希望もまとまらないまま夜が来てしまって。
「――今日はヤコブを処刑する」
結局、トーマスの意見が通った。
僕は家に帰り、銃を手に取った。
カタリナもヤコブも狼だなんて思っていない。
嘘をついてるとしたらきっとフリーデルとパメラだ。
だから…今日は。
コンコン、と小さなノックの音がした。
慌てて銃を隠し、玄関まで走る。
「…誰?」
「……僕だよ、ヨアヒム」
「オットー…?」
戸を開けると、オットーがいた。
勿論獣の姿なんかしていない。
「どうしたの?こんな時間に…って言ってもまだ8時だけど」
「…お願いがあって来たんだ」
「お願い?」
「……一晩、僕を匿ってほしい」
その表情はあまりに不安げで、とても断ることなんて…できなかった。
それに今日はどうせ、オットーを護るつもりだったから。
「…いいよ。上がって」
「……え…?あ、ありがとう…」
「? どうしたの?そんな顔して」
「いや…まさかこんなにあっさりいいって言ってもらえるなんて思ってなかったから。てっきり疑われるかと…」
「僕がオットーを疑う?そんなわけないよ。親友じゃないか。…それに、独りでいるのも寂しいしね。何か飲む?」
「…あ…えっと、…水…もらえるかな」
「水?…まあいいけど」
オットーが椅子に腰掛ける。
僕は自分の分のお茶と、オットーの分の水を手早くカップに注いでオットーのところに持っていった。
「ところでさ。どうして僕のところに来ようと思ったの?」
「…本当は、匿ってもらうなら教会が一番いいと思ったんだ。でも教会にはフリーデルがいる…」
「……ディーターやトーマスのところは?」
「…行っても受け入れてもらえそうになくてさ。特にトーマスは…僕のこと、偽者だと思ってるみたいなんだ」
「………」
「もう後頼れそうな人は…ヨアヒムしか思いつかなかった。ヨアヒムが狼なはずない…そう思ったし、それに」
水をごくごくと一気に飲み干すと、オットーはふぅ、と溜息を吐いて言った。
「―――ヨアヒムになら、食べられてもいいと思ってるから」
「…え…」
「…ホントにさ。こんなことにならなければずっと言わずにいようって思ってたんだけど…僕もヨアヒムもいつ死ぬかわからないから…どうしても言っておきたくて」
オットーの濃青の瞳が僕を射抜く。
「…ヨアヒム、好きだ」
―――ガシャン。
そんな音を、何処か遠くで聞いた。
「…って、大丈夫!?」
「えっ…あっ!!」
椅子から立ち上がったオットーが僕に近づいて、何事かと視線を動かすと先程まで僕の手の中にあったはずのカップが消えていた。
床を見ると、粉々に割れたそれと、まだ殆ど飲んでいなかった中身。
「ごめん…急にこんなこと言って。驚いたよね」
「あ…うん…」
オットーがカップの破片を拾い上げ、床を拭いて、もう一度僕に、大丈夫?と聞くまで僕は全く動けなかった。
―――オットーが、僕を好き?
友達として?…なんて、とぼけるつもりはない。
友達として好きだなんてそんなの当たり前すぎて、生きるか死ぬかのこの状況で言うことじゃない。
じゃあつまり?
「…オットー」
「…うん?」
「僕のこと…そういう意味で好きだったの?いつから?」
「はっきりそうだって気づいたのは…去年くらい。…ほら、前に村の皆でバーベキューしたでしょ。あの時、ヨアは慣れないお酒一杯飲んでぐでんぐでんに酔ってたよね」
「あー……うん」
僕の人生の黒歴史の1つを持ち出されて、なんとも言えない気分になる。
…そう。バーベキューパーティで調子に乗って飲みすぎた僕は…レジーナやカタリナに失礼なことを言った挙句、パメラのお気に入りの上着に派手に…色々とぶちまけた。
お陰で3人には丸々1月口を聞いてもらえなかったし、ペーターたちにはヨア兄きたないーなどと言われまくったものだ。
ああ…忘れたい。
「吐いちゃった後、倒れてさ…しょうがないから僕が家まで送ったんだけど」
「そ…そうだったの?」
「うん。ベッドに寝かしつけて帰ろうと思ったら、目覚ましてさ…僕にずっと『帰っちゃやだ』『ここにいて』…って甘えてきて…それが、凄く可愛いって思えてさ。それ以来ずっと気になっちゃって」
「え。何それ全然覚えてない!!」
「だろうね。次の日は何事もなかったようにケロっとしてたし」
オットーの手が、僕の頭を軽く撫でる。
「…うん。伝えられて満足。これでいつ死んでも怖くないかな」
「ちょっ、待ってよオットー!死ぬなんて言わないでよ!!」
「……だって、僕は占い師。人狼の敵だ。いつか喰われてしまうだろうし…そうでなくても、人狼の疑いをかけられて処刑されてしまうかもしれない」
「…………そ、その前に狼を見つけ出せれば…!」
「…だと、いいんだけどね」
諦観した様子で笑うオットー。
僕は首を振った。
オットーが死ぬなんて嫌だ。
…僕が。
僕がオットーを護ってみせる。
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