「オットー、オットー!大変大変大ニュース!」
「ヨアヒム?どうしたそんなに急いで」
「ニコラスがっ、…ニコラスが帰ってきたって!」
「え……?」



[変わらぬ気持ち 1]



「いや、久しぶりだなニコラス!えっと…5年ぶりか?」
「そう…だな。丁度明日で5年…かな」
村はその日、大騒ぎとなった。
5年前、家出同然で旅に出た少年、ニコラスが突然帰ってきたのだ。
「それにしても変わったな…こんなに背も伸びて。あんときはガキが何言ってんだって感じだったけど、すっかり頼もしくなってるじゃないか!」
「私だってもう二十歳だ。変わるさ」
「ぶっ、5年前は一人称も僕の甘ったれ子だったのに…。…本当、人は変わるもんだねぇ」
「あ…あまり昔の話はしないでくれ、恥ずかしいから…」
「ほっほっほ。ワシが死ぬ前にまた会えて嬉しいぞニコラス。…ところで若い衆がまだ来ておらんようだが…」
「ああさっきヨアヒムに伝えに行かせました。じきに来るで…おっと噂をすれば」



「―――ニコラス…」
「…オットー、ヨアヒム。…それにパメラも。久しぶりだな!元気だったか?」
「……ああ。ニコラスも元気そうだな」

ニコラスが3人に駆け寄る。
それを見ていた大人たちは、親友同士積もる話もあるだろうとそっとその場を後にした。
今宵はご馳走だ。その準備もしなくては。





「ニコラス、報告があるのよ」
「何だ?」
「私とオットー、結婚したの。つい先月ね」
「……え?」
パメラが左手の小さな指輪を見せる。
慌ててオットーの手を見るが、それはついていなかった。
「…あ、僕はパンを作る関係で指にはつけていないんだ」
代わりにここに、とエプロンの下からチェーンネックレスを引き出す。そこにはパメラのそれと同じ指輪がついていた。
「そ…そうだったのか。おめでとう」
「…なんかあんまり嬉しそうじゃなさそうね?何?ひょっとしてニコラスも私のこと好きだったの?」
「いや、違う」
「え、即答?それはそれでショックよ私」
「ニコラスにはパメラみたいなタイプよりカタリナみたいな子のほうが合うんじゃない?もっともカタリナは恋愛とか疎そうだけど…」
「ああ、確かにね。じゃ後でカタリナに…」
「待て待て何故そうなる!私はカタリナのこともなんとも思ってないぞ!」
「ええ…そうなの?じゃ、旅先で好きな子でもできた?」
「いや、私は…というか、その話題から離れてくれ!」
「えーっ、相変わらずこういう話題苦手なのね、ニコラスは」



子供時代からの親友。
ヤコブが一番の年上で、その次にオットー。次いでパメラ、ヨアヒム、ニコラスが3人同い年で、その更に下にカタリナがいた。
歳が近く、小さい村だったせいもあって6人はいつも兄弟のように過ごしていた。
やがてヤコブが農家業を継いで、オットーも両親と一緒にパンを焼き始め…皆が少しずつ大人になり始めていた、その頃だった。

ニコラスが突然村を出ていったのだ。
誰もその理由を知らず、大人たちは皆困惑した。
ニコラスの両親がその数ヶ月前に事故で亡くなってしまったのが原因なのではと様々な憶測が飛んだ。



「5年間、ずーっと聞きたかったのよ。どうしていきなり旅に出たの?」
「…………それは…」
「ジムゾンさんだってあんなによくしてくれたのに、何があったの?ニコラス」
「………すまない…パメラには言えない」
「えええっ、どうしてよ!?」
「まあまあ、パメラ。人には色々あるんだからさ」
「…ヨアヒム…」
「だってー…。ううー……ま、いいわ。どうしても話したくないなら。またいつか教えてね?」
「あっ、…じゃあ僕もまだ仕事が残ってるから一旦帰るよ。夜ニコラスお帰りパーティをやるらしいから、その時に。パンも持っていくよ。またね?」

パメラとオットーは同じ方向へと帰っていく。
後に残されたニコラスとヨアヒムは顔を見合わせ。
「…少し、話しようか」
「………ああ」
そのまま、ヨアヒムの家に向かった。







「……………」
「………………」

家に帰ってニコラスがヨアヒムの淹れたお茶に口をつけるまで、2人は一切言葉を交わさなかった。
重い沈黙が流れる。

「……意外だったよね?あの2人が結婚だなんて」
「………ああ」
先に口を開いたのは、ヨアヒムだった。
「本当に驚いたよ。いつも皆で一緒にいたはずなのに。いつの間にか2人付き合っててさ…」
「………」
「オットーはあんなこと言ってたけど、実はカタリナはヤコブに片思いなんだ。ずーっとね。寧ろヤコブのほうが疎くって、僕達も中々やきもきしててさぁ…」
「…ヨアヒム、君は?」
「僕?僕は浮いた話なんてなーんにもないよ。ヤコブやオットーみたいな取り得もないし、ニコラスみたいに顔もよくない。そういうニコラスはどうなの?パメラも聞いてたけど。本当に旅の間何もなし?」
「ない。…何もな」
「そっか…。…じゃ、村の中で年頃なのに色恋沙汰に無縁なのは僕達だけ、かな」
「………」
「………」


再び訪れる沈黙。
時計の秒針の音が、やたら耳に障った。



「…ヨアヒム」
「何?」
「……もう、諦めはついたのか?オットーのこと…」
「…!?…知ってたの……ニコラス…」
「……ああ」
「………諦めるも何も、ねえ?男同士だし…。…僕の思いはただの憧れだよ。年上の人に対する、ね」
「告白までしたのにか」
「っ…!?」

ヨアヒムが微かに震える手でティーカップをそっと机に置いた。

「…なんで…知って…オットーから聞いたの!?」
「いや……。…見ていた。一部始終、な」
「なっ……」
ヨアヒムの顔が青ざめる。ニコラスも静かに空になったカップを置いた。
「だから私は……。…諦めたんだ、自分の思いを。そして断ち切るために、旅に出た」
「…まさか、ニコラスもオットーのこと…?」
「鈍いぞヨアヒム。―――私が好きなのは…」


ニコラスが席を立った。
ヨアヒムに近寄って、ヨアヒムは反射的に腰を引き、逃げる。
だが椅子から立つことを忘れていては意味がない。
あっさりと、ニコラスの腕の中に捕まった。



「ずっと、君1人だけだ。…ヨアヒム」
「――――――」

ニコラスの顔が近づいていることに気づき、ヨアヒムは咄嗟に顔をそらした。
予想内の行動だったのか、ニコラスは特に追わず、そっと腕を緩める。

「な…っ、冗談やめようよニコ…」
「冗談で男に好きと言うか」
「でっ…でも…」

ニコラスはヨアヒムから離れた。
先程まで座っていた席に戻り、苦笑を浮かべた。

「やはり駄目か」
「駄目…?」
「ヨアヒムはオットーのことを変わらず思っているし、私はヨアヒムを諦めきれていない……5年前と、何も変わっていない」
「………」
「…明日、朝一番に私はまた村を出る」
「えっ」
「今日はヨアヒムが幸せになっているか、そして私は私の気持ちに終止符を打てているか確かめにきただけだ。結果はこの様だ」
「………ニコラス…」
「…これ以上2人きりでいると何をしてしまうかわからないから、私はヤコブやカタリナのところへ挨拶に行くよ。じゃあな、ヨアヒム」
「――っ、待って、ニコラス!!」


立ち上がったニコラスの腕をヨアヒムが掴む。
「…どうして引き止めるんだ?」
「……ニコラス、本当はヤコブやカタリナにも会わずこのまま村を出て行く気なんだろう?」
「……ああ。………夜まで村にいたら、また君と顔を合わせないといけなくなるからな。それはお互い、気まずいだろう?」
「それはそう…だけど、…でもそうしたら、次いつ会えるのか…」
「…………もう、会わなくてもいいんじゃないか?」
「………え…」
「そのほうが、お互いの為だろう?」
「っ…ニコラス…」
「―――私はもう、ヨアヒムを友達とは思えないよ。ヨアヒムを…抱きしめて、口付けて、…私のものにしたい」
「………!」
「でも、それは叶わないだろう?これからずっと。…だったら、離れるさ。物理的に離れてしまえばいくら気持ちが昂ったところで何も出来ないからな」


ヨアヒムの手を、ニコラスが振り払った。



「…じゃあな、ヨアヒム。私の行方や旅の理由を誰かに聞かれても、知らない振りしていてくれ。私の気持ちも、できれば忘れてくれ」
「な…、…無理言うなよっ、待てバカニコ!!」
「…………っ…」

立ち上がったヨアヒムが、両手を広げてニコラスの行く手を遮る。
「…そこに立たれると、ここから出られないんだが」
「うるさいバカニコ。お前はほんとにいつもいつも勝手だ。1人で言いたいこと言うだけ言って、無理だとわかったらさっさと逃げて。何もわからないまま取り残される僕達のこと考えたことあるのか!?」
「…………」
「なんで僕がオットーを好きだってわかったからすぐに旅なんだよ、短絡的すぎるだろ!?大体見てたんなら僕がオットーに振られたことだって知ってるはずじゃないか!!」
「…ヨアヒム…」
「あの時僕達が…村の皆がどれだけ心配したと思ってるんだ!1週間して村長宛に手紙が届くまで…どれだけ探し回ったと思ってるんだ!?」
「………すまない…」
「今も…夜に僕と会うのが気まずいからさっさと出て行く?バカ!また皆に心配かける気!?」
「………だが」
「言い訳はいいよもう!!夜までここから出て行かせないからね。見張らせてもらうよ」
「………………わかったよ。わかった、ここにいるから。…だからその泣きそうな顔はやめてくれ…」
「泣いてない!!バカニコっ!!」




ニコラスは再び席に戻った。
ヨアヒムももう大丈夫だと判断し、席に着く。
「…で、夜まで私はここで何をしていればいい?」
「んー…。旅の思い出話でも聞かせてよ。何処に行ってきたの?」
「首都のハウプトシュタットまで北に行ってそれから…。…説明し辛いな。地図あるか?」
「あるよ。国内のなら」
「それでいい」
「わかった。出してくるね。ついでに新しいお茶も淹れてくる。…逃げちゃ駄目だよ」
「逃げないって」
苦笑いするニコラスに釘を刺し、ヨアヒムは隣の部屋へと消える。


「何、してるんだろうな、私達は」


ヨアヒムに聞こえないように、そっとニコラスは呟いた。


novel menu next