「―――早かったね」
オットーの家についた途端、そう言われた。

「オットー」
「チーズパンはもう少し待ってくれないかな」
「オットー…ねえ、オットーが…」



―――オットーが人狼だったの?



そう言うと、オットーはいつもの笑顔のまま。


「そうだよ」



って答えた。



―――その瞬間、心にずん、と重いものが圧し掛かった気がした。

…ああ。
僕はまだ何処かでオットーが違うと否定してくれることを期待していたのかもしれない。


「…嘘だ…」
「嘘?…見てきたんだろう?ジムゾンの死体」
「………」
「で、僕はジムゾンに『今朝会った』なんて嘘を吐いた。…どう見ても数時間前に殺されたばかり、って感じじゃないよね?あれは」
「…………」
「ジムゾンはね、真夜中に相方のディーターのために祈っていたよ。これできっと勝利だ、貴方の仇は討ちましたって」

…聞きたくない。
そう思うのに僕の手も足も動かなくて、オットーの口も止まってくれなくて。


「でもディーターがいなくて寂しいって言うから、同じところに送ってあげたんだ。好きな人と離れ離れになるのは寂しいよね?」
「……そん…な…」
「本当なら今日はニコラスとヨアヒムと僕で滅茶苦茶なバトルになるはずだったんだけど、ヨアヒムとニコラスから見て僕が偽者なのは確定なわけで、そうすると僕処刑になるのは間違いないよね?だから、やめた。どっちみちニコラス食べる気はしなかったし。帰ってもらった」
オットーは笑っていた。
…笑っていた。

「仲間はカタリナとエルナ。カタリナはしょうがなかったとして…なんでエルナを見捨てたのか教えてあげようか」
オットーが僕に一歩一歩近づく。
震える僕の顎を掴んで、少し上を向かせて。

「ヨアヒムを僕一人で全部食べたかったから。エルナはそのためには邪魔だった」
「……………っ…!!」
「言っただろう?…食べていい?…って」




…全部嘘で、夢であってくれ。
そう願った。


「…なんで…じゃあ、なんで…あの日襲撃が…」

オットーがくすっと笑って、ああ、と言った。

「あの日はね、ヨアヒムが僕を護衛したんじゃないんだよ。僕がヨアヒムを食べなかっただけさ」
「どうして…」
「いきなり灰の村人をピンポイント襲撃したら仲間の潜伏幅狭まっちゃうだろう?あの時はまだヨアヒムが狩人だなんて思ってなかったしね」
「…………」
「他に聞きたいこと、ある?」
「………僕を騙してたの?…ねえ、オットー、僕を好きだって言ったのは…それも嘘?ねぇ」

オットーは僕から一歩距離を置いて。
冷たい目で。
僕を見て。




そうだよ、って言った。



その瞬間頭が真っ白になって。

ズボンのポケットに入れていた短銃を掴んで、…引き金を引いた。











―――…。





オットーの胸から、血が溢れる。
がくりと膝をついて、…僕に笑顔を見せた。


「……………ごめ…んね、ヨアヒム…」
「……!?…オットー…、オットー!!」

その瞬間、僕は気づいた。



あの冷たい視線は、言葉は、嘘だと。


倒れたオットーを抱え起こす。オットーは弱く、微笑んでいた。
「どうして…ねえ、どうして!?」
「…簡単、だよ。……僕は、じんろ…ヨア、は人間…一緒には、…生きられ……ない。いつか、どっちか、を…殺して…しま、うから…」
「オットー…!?」
「でもぼく、に…ヨアを…ころ、すなんて、できない…。…ぼくが、いなくなって、誰かにヨアを殺され、…のも、嫌、だ…た」
オットーの手が、僕の頬を撫でる。
いつかしてくれたのと同じように、優しく。
だけど重そうに、眠そうに、瞼が閉じられる。

「ヨア、が…笑っている、のが、僕はいちば…好き、だか……」
「オットー!!…っ、ねえ、目…目を開けてよ!!」
「チーズ、パンはご褒美、だよ。…村が、平和に…なった、ら。…食べ…」


手が、滑り落ちる。

「…オットー…?…ねえ、嫌だよ、嫌だ……!!」














僕は泣いた。

泣き続けた。






泣きながら齧ったご褒美のチーズパンは、今まで食べたどのパンよりも美味しかった。










――――――それから僕は、ジムゾンとオットーの墓を作った。


1人での作業は思ったより時間が掛かって、夜になってしまった。

綺麗な満月が顔を出している。








オットーを埋めた場所の隣に寝転びながら、オットーを撃った銀色の短銃を弄んでいた。
…父さんが僕に遺してくれたもう1つの銃。
まさか、こっちも使うことになるなんて。



「……………」


もしあの時、銃を取りに家に帰らず直接オットーのところに行っていたら。
この墓の下に入っていたのは僕なのだろうか。
僕はオットーを殺さずに済んだのだろうか。


「…考えても、後の祭り…かぁ」



ふふ、と変な笑いが漏れる。
ちっともおかしくないのに。


ねえ、オットー。
僕が好きで、僕を殺すことができないなんて言ったけれど。
…僕も同じだって考えなかったのかな?

ううん、多分僕のほうがオットーを好きになってたと思う。


だってほら、今、こんなに苦しいんだ。
苦しすぎて、苦しすぎて……。
折角オットーが生きていてほしいって思ってくれたのに、その思いを踏みにじろうとしてる。









「僕ね、朝なんていらないよ」



永遠に夜の中で眠りたい。
人狼も人間も、何も関係ない世界で。

「オットーと一緒に眠れるなら、それが一番いいんだ」







目を閉じた。


そして僕は引き金を――――








novel menu