肉を食い千切る。
白いシーツが赤に染まる。
―――なんで。
美味しい、そう最初に口にしたのは誰だったか。
それさえわからないほどに夢中になって。
―――なんで、こんなことをしているんだろう?
僕は、友人を喰らった。
[紅い人、紅い花]
「―――!ヨアヒムってば!」
「………えっ!?あ…どうしたの、パメラ?」
「花を摘んできたのよ。…皆が少しでも癒されますように、って思ってね。見たことない花でキレイだったし。だからさ、テーブルに飾りたいの。花瓶とかない?」
「あ―――ちょっと、待ってね。レジーナに聞いてくる」
僕は逃げるように席を立った。
本当は花瓶が何処にあるかくらい知っている。一応僕もこの宿屋で働き始めてもう二年になるから。
だけど、パメラが持ってきたあの花を飾る気になれなかった。
あれは―――。
「…オイオイパメラ、なんつーもん持ってんだ」
背後からディーターの声。
他にも誰かが一日の仕事を終えて宿に来たらしく、複数の足音がした。
「何って、キレイだから摘んできたのよ。いけない?」
「あー…そうか知らなかったのか…その花はな」
―――リコリス。
異国では家に持ち帰ると火事になるとか、死を連想させるとかで忌み嫌われる毒花だ。
勿論本気で宿屋が火事になるなんて思っていないし、それでパメラを咎めるつもりは微塵もない。
ただ、今の僕にあの真紅は堪えた。昨夜大量に浴びた血の色を思い出す。
それに死を連想させ忌み嫌われる―――なんて。
「そんな意味があったのこの花…じゃあ、かえって逆効果じゃない…」
「悪いな、パメラを落ち込ませたくて言ったわけじゃねぇんだが…」
「ううん、一つ賢くなったわ。ありがとう。この花は外に捨ててくるわね。あ、ヨアヒムー!花瓶やっぱりいいわ!ごめんね!」
まるで―――僕たち人狼だ。
廊下の壁に寄りかかって、溜息を吐く。丁度通りかかったヤコブに顔を覗き込まれた。
「ヨアヒム、顔色悪いけど大丈夫か?」
「う…ん、平気。ありがとうね、ヤコブ…こんな状況なのに僕なんかの心配してくれて」
「何言ってんだ。こんな状況だからこそだろ。夕食は食えそうか?美味いもんたんと作るからなっ」
『―――ねえ、今日は誰を食べる?』
赤い思考に仲間の囁きが流れ込む。
『そうですね…ヤコブが妥当かと。占い師の方かと私は推測していますし』
『やっぱりヤコブ占い師だと思う?だよね。他の人はなんかあまりにもそれっぽくなさすぎるし…。ね、ヨア。今日ヤコブ襲撃でいいよね?』
「あっ…」
「ん?」
「あ…。…あ…りが…とう」
「…ホント疲れてるみたいだな…。ちょっと飯できるまで部屋で休んでたほうがいいんじゃないか?」
「そ、うだね…そうするよ。じゃあ、また夕食の時に」
『…ヨアヒム?聞こえてる?』
階段を上る。汗が背中を伝う。眩暈がして、視界が白く薄くなくなりかける。
やっとのことで部屋に辿り着いて、中に滑り込む。
そのまま床に膝をついて、頭を抱えた。
赤い囁き。
人狼の僕。
愛する人。
愛する村。
生き延びる為に大切な人の命を奪わなくてはいけない、なんて。
誰が決めたルールなのだろう。
神様はどうして僕たちのような存在を作ったんだろう。
苦しいだけの生。
抗えない本能。
滲む思い出。
紅い衝動。
紅い花。
紅い。
血。
僕が今ここにいる理由は何だと言うのだろう。
苦しい。
空腹は苦しい。
だけど。
愛する命を奪うことはもっと―――。
『しっかりしてよヨアヒム。僕たちが一番頼りにしてるのは生まれつきの人狼であるヨアヒムなんだよ?』
『そうよ。後天的に人狼になった私たちみたいなのとは違うんだから』
『…っ…』
『…もう、情けないわねぇ』
『まあいいよ。昨日だってあんなに情けなかったのにいざ襲撃の時は―――』
『…言わないで…、頼むから…っ!!』
苦しい。
苦しい。
苦しい。誰か、僕を――――…。
「―――そんなに」
音もなく扉が開く。
振り返って見えたのは銃口、そしてヤコブの顔。
「苦しいなら俺が解放してやる」
「ヤコブ…ああ、やっぱりヤコブが占い師で」
「昨日ヨアを占っていた。そうだ。その通りだ」
「どうして僕の占い結果を皆に伝えてないの?」
「信じられなかったからだ…何かの間違いだと思いたかったから…」
ヤコブの表情が悲しげに歪む。
そんな顔をさせたくはなかったのに。
「残念ながら正しいよ…。…さあ、僕をその銃で殺してくれ!」
ヤコブに向き直り、手を祈りの形に組んで、頭を垂れる。
裁きを待つように。
「否定して…ほしかった……な」
…結局、僕が人狼であってよかったことなんて。
何一つなかった。
何一つ。
この世に生れ落ちたことが罪であり、ここまで生きたことも罪であり。
「…村の平和のため…さよならだ、ヨアヒム」
「さよならヤコブ。皆によろしくね」
今ここでようやく愛する人から罰がくだ
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