「ん―――っ…!!いっ…!」
「…痛い…か?」
「っは……いた…いけど…これくらいなら…平気…」
「そうか…無理だと思ったら、すぐに言ってくれ…止めるから」
ベッドが軋む。
「あ―――はっ…っう…!!」
「ヨアヒム…っ…」
「ふ…ニコ……ラス…!」
身体が揺れるリズムに合わせ、どちらともなく涙を流した。
互いに泣く理由を知らぬまま、快楽に啼く身体を繋ぎ合せた。
[変わらぬ気持ち 3]
「――――――……」
疲れて眠ってしまったヨアヒムの頭を軽く撫で、ニコラスは静かに立ち上がった。
脱ぎ捨てた服を纏い、帽子を目深に被り。
「おやすみ、ヨアヒム」
部屋を出た。
日はもうすっかり暮れていた。
できるだけ音を立てぬよう階段を降り、玄関の戸を開ける。
「!」
「………ニコラス」
「……オ…ットー?」
そこには、オットーがいた。
「…一体どうした?」
「2人が来ないから迎えに来たんだよ。…ヨアヒムは?」
「…少し疲れたみたいでな。眠っているよ。…もしよければオットー、ヨアヒムの傍にいてくれないか?」
数歩踏み出したニコラスをオットーが鋭い視線で止める。
「で。ニコラスは一体何処に行く気?」
「何処って…皆のところだ。まだヤコブたちに挨拶が終わってない」
「嘘」
はっきり言い切ったその言葉に、ニコラスがオットーを見上げる。
オットーの視線は冷たく、ニコラスを見下ろしていた。
「食事をするのにその荷物は要らないよね?」
「…ここに置いていっても仕方ないだろう」
「……ふーん」
「…何か、言いたそうだな」
「ああ、5年前からずっとね」
「…………何だ」
「――…どうしてあの時逃げたんだ」
「………っ!」
オットーがニコラスを睨む。
「僕のせいでヨアヒムは傷ついた。…それを支えることくらい、できたはずだろう?こういう言い方もなんだけど、弱っているヨアヒムに付け入ることだって簡単じゃないか」
「……! ……知って…?」
「2人のことは毎日弟のように可愛がってたからね。…当然わかってたさ。だから僕はヨアヒムをきっぱりと拒絶した。それから、ニコラスにヨアヒムを支えてあげてって言いにいこうとした…それなのに、ニコはもういなかった」
「……………」
「何で逃げたの?ニコラス」
「…オットーには関係ない…」
「……ヨアヒムが僕のことを好きだって知ったから?違うよね、ヨアヒムの気持ち、ニコラスも気づいていたはずだ」
「………………っ、その話はもう…!」
「――本当は、怖かったんだろう?自分もあんな風にヨアヒムから拒絶されるんじゃないか…って」
「―――――――――!!」
バシンッ!
ニコラスの拳を、オットーは冷静に受け止めていた。
「……黙ってろ、オットー!!」
「ちょっとは体力もついたみたいだね?…でも覚えてる?僕に一度だって喧嘩で勝てたことないって」
「うるさい!!」
もう一発殴ろうと、腕を振り上げる。
だが。
「――がら空き」
「っ!!」
大振りになった隙に、ニコラスの腹部にオットーの膝蹴りが直撃した。
ニコラスが地面に膝をつき、腹を押さえる。
「――げほっ、…けほ……」
「手加減はしてるからね?本気でやりたいってなら、相手するけど」
「………」
ニコラスが首を左右に振る。それを見てオットーも腕を下ろした。
「…まあ、過ぎたことをむやみに責めるつもりはないよ。でもね」
「……」
「―――また逃げるの?」
ニコラスが唇を噛み締め、俯いた。
「何のために戻ってきたの?会いたかったんだろう?…まだ、好きなんだろ?」
「…………私、は…」
「逃げてたら手に入る可能性すらなくなる。それでいいの?」
「………っ…」
オットーの言葉から逃れるように、ニコラスは再び立ち上がった。
荷物を持ち、歩き出す。
「僕は、ニコラスにどうしてもここに留まってほしいわけじゃない。それはニコラスが決めることだと思ってる」
「……………」
「ただ、言いたいことを言いにきただけだ」
背後からオットーの声を受け、ニコラスは一度立ち止まった。
そして駆け出し、あっという間に闇夜にその姿を消した。
「…………」
はぁ、と溜息が響く。
オットーは一度ヨアヒムの家を振り返ると、また、皆の居る集会所に戻っていった。
「―――ん……?あ…れ…?」
ヨアヒムが目を開けると、最初に飛び込んできたのは窓の外に浮かぶ月だった。
「…え、…夜…?……!!」
がば、と身体を起こす。と、同時に腰に痛みが走った。
「いた…っ。…ニコ…ラス?」
眠りに落ちる前、していたことを思い出して顔を赤らめながら名前を呼ぶ。
だが。
「………ニコラス…?」
痛む腰を押さえながら、力がうまく入らない足を叱咤して立った。
ニコラスは部屋にはいない。
そっと扉を押して、階段を一歩一歩降りる。
家の中は真っ暗だった。
「ニコラス、どこ…」
リビングにも、台所にも、洗面所にも、何処にもいる気配がない。
ふ、と嫌な予感が過ぎった。
―――だったら、離れるさ。
―――私の気持ちも、できれば忘れてくれ。
「い…やだ、……できるわけないじゃないかそんなの…!」
身体に刻まれた痛みが、先程の行為は現実だと告げる。
数え切れぬほど愛してると囁かれ、それに頷いた。
触れた体温、感触、まだ全部覚えている。
今日…だけ?
嫌だ、そんなのは、もっと、一緒に…。
「ニコラス―――!!」
「…どうした?」
声に顔を上げると、ニコラスがいた。
料理を盛った大きな皿を片手に、ヨアヒムの顔を覗き込む。
「ニコ…?」
「身体は平気か?」
「うん…そ、それより…一体どこ…に」
「え?…うん、やっぱり全く行かないのはまずいと思ってな。顔だけ出してきた。ヨアヒムの体調が悪いってことにして、料理だけ少し貰って戻って来たところだ」
「…そ、そうだったんだ…」
「………ヨアヒム?」
「よか…よかった…っ、…もう、会えないのかと…思っ…!」
ふ、と微かに笑う。
「泣くな、ヨアヒム。私はここにいるさ」
「うっ……って、だって…」
「…………」
空いた片手でヨアヒムの髪を撫ぜ、そっと頭を抱いた。
ぎゅ、としがみつくヨアヒムが愛しくて、額に軽く口付けた。
「食べれそうか?料理」
「………そ、そういえばお腹空いたかも」
「じゃ、食べるか」
再び2人で部屋に戻る。
ベッドに腰掛けて、一緒にご馳走をつまんだ。
「ん…やっぱりレジーナの料理は美味いな…」
「だよね…って、うっ…この…なんともいえない独創的なお団子は村長だよね…」
「真っ赤な団子って初めて見たぞ…嫌な予感するな」
「食べてみてよ」
「うっ…」
「だって元々はニコラスのための料理なんだから」
「…………」
恐る恐る村長お手製の団子を口に運ぶ。
そうして。
「………っ…」
「ど、どんな味!?」
「――食べるか?」
「…え、…嫌な予感するから口で説明してよ!」
「わかった、口でだな」
ぐい、とヨアヒムを引き寄せ、キスをする。
情事の間にしたのと同じようなディープキス。
深く舌を絡めて、…離した。
「…………甘い」
「普通の団子だな」
「なら最初からそう言えばいいじゃん…!」
「いや、つい」
「全くもう…。………ねえ、ニコラス」
「ん?」
「…本当に明日、この村を出て行くの?」
「…………」
「勿論、行きたいところがあるなら止めないよ。だけど、…もう二度と会えないなんて、そんなのは嫌だ」
「ヨアヒム…」
俯いたヨアヒムをあやすようにニコラスが髪を撫でる。
「…私からも質問だ。私がこの村にいていいのか?」
「え?」
「明日からはなるべく…友達のように振舞うつもりだが、ヨアヒムにはできるか?私を…恨んだりしないか?」
「……しないよ。ニコとはこれからどうなろうとも、友達以上の関係でいたいし……さっき家にニコラスがいなかったとき、本当に…嫌だと思った。…僕は…ニコラスと一緒にいたい」
「ヨアヒム…!」
「わ…っ」
どさ、とベッドの上にヨアヒムを押し倒す。
「……私は…こんなに大切な人をまた手放そうとしていたのか…」
「ニコラス…?」
「ヨアヒム、決めたよ。私はまたこの村で暮らす。…そしてもしまた旅に出ることになったら、ヨアヒムを連れて行く」
「………!」
「私は…ヨアヒムと離れられない…。……やっと気づいたよ」
「……ニコラ…っん…」
甘いキスを落とす。
互いを貪り合うように、何度も、何度も。
「………」
「…どうし…?」
「……また、したくなった…」
「え…ええ!?また!?」
「…一応、まだ今日だ…いいだろ」
「ちょっ…僕の身体のことも少しは考えてよねー!?…んあっ」
そして、夜は更ける。
翌日。
「おはよう、オットー!今日も精が出るわねぇ!あ、コッペパン2つ頂戴」
「おはようございますおばさん。コッペパンですね。あ、…あの…ヨアヒムは大丈夫ですか?」
焼きあがったばかりのコッペパンを軽く冷ましながら、オットーが聞く。
「え?ううん、大丈夫じゃないかしら?元々あの子ほっとんど病気しないし!体調悪いってのもウソでしょ!単に眠かっただけよきっと」
「……そうですか」
「それに、今朝も中々起きてこないから様子見に行ったけど」
「うーん…昨日は主役不在なのにはしゃぎすぎたわー…おはよう、オットー…とおばさん」
「おはようパメラ」
「ニコラスと一緒に仲良く眠ってたわよー。起こすのも可哀想だったから、そのまま出てきちゃったわ」
「……………」
「…?2人とも、何の話?」
「…パメラ、釜戸の様子見てきてくれないかな」
「? …わかったわ。でも何の話?」
「後で話すから」
パメラを強引に調理場へ追いやると、オットーは少しだけ声を落として聞いた。
「あの…一緒にって、えっと…まさか1つのベッドで寝てたりとか…」
「うんうんその通りよ。向かい合ってなんだか子供みたいに幸せそうな寝顔して。可愛かったわー」
「…………その話、誰にもしないほうがいいと思いますよ。特に本人達には」
「へ?」
「コッペパン1つサービスしますんで、内緒にしてあげてください」
「はぁ……」
「お待たせしました。コッペパンです。いつもありがとうございます」
にっこり笑ったオットーに、少しきょとん、とした顔をしながらもヨアヒムの母はパン屋を去っていった。
「ちょっとオットー?今何も焼いてないじゃない!」
「…うまく行った、のかな?」
「………?」
「あ、ううん。こっちの話」
「…変なオットー」
オットーが少しだけ嬉しそうに、満足げに頷いた理由を。
未だに眠っている2人を含め、誰も知ることはなかった…という。
End.
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